【十三】黄金色の奇跡


 翼が目を開けていた。


 嘘でしょ。生き返ったの。本当に生き返ったの。

 なにあれ。

 翼の背中に。翼の背中に羽が生えている。黄金色こがねいろに輝いている。

 次の瞬間、翼の羽が大きく広げられた。

 目が、目が。眩し過ぎる。手をかざして目を細めた。凄い、これは凄い。

 羽が煌めき、光が四方八方に弾け飛びキラキラと降り注ぐ。

 綺麗。まるで光輝く雨だ。


 前に差し出した手に降り注ぐ光り輝く黄金色の粒子。ほんのりあたたかい光の粒は掌に触れた瞬間、溶け込むようにスッと消えた。

 翼の放つ光の影響なのだろう。闇の穴の吸引力が弱まっている。


「ヒカリ、今だ」


 えっ⁉

 不意に手を握ってきた翼とみつめ合う形になり、心臓の鼓動が速まっていく。

 いつの間にそばに来たの。

 ああ、心地いい。癒される。この感覚は何。


『ツバサ』


 翼の力が一気に流れ込んでくる。力がとめどなく溢れてくる。

 なぜ、翼にこんな力があるのだろう。ヒカリは翼をじっと見続けた。翼の中に吸い込まれてしまいそうだ。長いようでほんの数秒の時間。まるで夢心地な時間に心がとろけそうになる。ずっとこのままでいられたら。


 これは夢。違う現実だ。

 凄い、凄い、凄過ぎる。


 翼は神にでもなったというの。何がどうなっているの。

 疑問はすぐにはっきりした。


 翼の背後に薄っすらと見える四つの存在。

 四神だ。四聖獣だ。こんなことってありえるのだろうか。疑ったところで翼の背後には間違いなく存在している。


 青龍、白狐、朱雀、玄武。


 翼の守護霊。いや、守護神か。翼は強力な神に守られている。自分は仏様に守られている。神と仏の強力なタッグがここに完成した。そういうことなのか。これなら間違いなく勝てる。


「一緒に、黒龍を鎮めるんだ」


 ヒカリは強く頷き前を向く。

 黒龍は再び黒い炎を噴き出して攻撃してきた。炎とともに負の感情がぶわっと広がる。

 恨み、辛みの念が津波と化して押し寄せてくる。

 翼はすぐさま大きく広げた黄金色の羽で身体を包み込み、黒い炎を弾き返した。


「ヒカリ、祈るんだ。あの者たちが成仏できるように」


 ヒカリは苦痛を訴える者に向けて手を合わせた。

 翼のぬくもりを感じる。優しさを感じる。力強さを感じる。翼の思いが心を落ち着かせてくれる。翼と一緒ならうまくやれる。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。


 翼の黄金色のオーラが増幅していく。同調するように自分の光のオーラも輝きを増していく。

 重なり合うふたつのオーラは、黒龍がどんなに攻撃を仕掛けてもびくともしない強固な結界となった。

 闇の穴に取り込まれずにいた神々と仏が手を取り合って円を描いて空を飛んでいる。

 この世界すべてを包み込んでいく大きな光。


 空が、大地が眩しさに揺れている。どこかで笑い声が聞こえてくる。

 空耳でもなんでもない。みんな喜んでいる。

 そう、この感じ。幸せの気に溢れている。

 見える。見える。未来が見える。

 すべての垣根を飛び越えて助け合う世界が見える。古の神も仏も民たちもみんな笑顔。

 そう、これこそ求めている世界。

 広がれ、この思い。


「見ろ、ヒカリ。黒龍が小さくなっていく」


 本当だ。

 荒々しい黒龍でさえもおとなしくさせ、安らかな笑みを浮かべはじめた。ヒコはいつからそうしていたのか大地に横たわっていた。気絶しているのだろうか。そうではない。ヒコはすでに霊体だ。気絶とはちょっと違う。


「ツバサ」

「もう一息だ。ヒカリ」

「うん」


 手を取り合い、翼とともに空へと浮かぶ。

 空に開いた闇の穴も徐々に塞がっていく。木々も草も花も何もなくなってしまった大地からは可愛らしい小さな芽がひょこりと顔を出した。そうかと思うとすくすくと育ちはじめてあっという間に森が復活していた。


 森が元の姿へ戻りはじめると、動物たちも姿を現しはじめた。小鳥たちが木の実をついばむ姿が目に留まる。

 耳を澄ませば小鳥たちの歌声が届き、笑顔にさせてくれる。空を見上げれば雲一つない澄み切った青空が出迎えてくれた。すべてが元の景色へと戻っていく。


 黒龍は消え去った。

 小さな蛇がいそいそと草むらに逃げ込む姿が。もしかしたら、あいつが怨霊を取り込み黒龍へと変貌していたのかもしれない。もう害はないだろう。あたたかなぬくもりにすべてが包み込まれている。


「ヒカリ。ほら、みんな帰っていくよ」

「本当だ。なんだかみんな嬉しそう」


 怨霊たちの心が浄化され、光るたまとなって空へと昇って行く。呪われた隕鉄剣も不思議なことに砕けて土と変わっていた。


「ここは、我は何をしていたのだ」


 ヒコは正気を取り戻したのか訳がわからないという表情をしてあたりを見回している。死んでいることすら気づいていないようだ。


「ヒコ、迎えにきましたよ」

「姉様」

「苦しい思いをさせて申し訳なかった」


 ヒコはハッとした顔をして突然土下座をした。


「姉様、我のほうこそとんでもないことをしてしまったようで」

「いいんだ、もう済んだことだ。それに悪いのは呪われた剣だ。さあ、わらわとともに行こうではないか」


 ヒコは涙を流して日向の手を取り頷いた。日向もまた頬を涙で濡らしている。


「来生は幸せになろうな」

「はい、姉様」


 ヒコと日向はお辞儀をして天に昇って行った。


「ヒカリ、ツバサ。あとは任せたぞ。わらわの時代は終わった。そなたたちの時代がはじまったのだ」


 日向の声が耳を掠めて空へと溶け込んでいった。

 古の神々と仏様たちが手に手を握り合って笑みを浮かべている。

 これで終わった。

 大地に降り立ち、フッと息を吐く。


「ツバサ、ありがとう」

「なんだよ、照れくさいじゃないか。お礼を言うなら俺のほうだ。ありがとうな、ヒカリ」


 ヒカリは翼をみつめて口元を緩めた。

 突然、翼に肩を抱かれて引き寄せられる。


 えっ。

 ヒカリは翼の瞳をみつめた。翼の顔が近づいてくる。心臓がドクンと跳ね上がり、顔が熱くなる。

 そっと重ねられた唇。

 もうドキドキが止まらない。


「おおっ、キスしたぞ。キス」

「こら、静かに。いいところだろうが」

「そうだ、そうだ」


 どこからかそんな声が聞こえてヒカリはそっちに目を向けた。

 コセン、ムジン、ナゴだ。

 みんな、無事だったんだ。よかった。


「ほら、せっかくのいいムードが台無しじゃないか。馬鹿猫が」

「なんだと、ムジン。おまえこそ」

「こら、ふたりともいい加減にしろ。邪魔者は退散だ。行くぞ」


 ナゴは頭を掻いて申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「コセン、ムジン。ちょっと、待ってくれよ」



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