【八】どこまでも続く叫び声


「コセン、いいのかな。これでいいのかな。なぁ、ヒカリを引き止めようよ」

「ナゴ、うるさいぞ」


 コセンが怖い顔をしていた。なんだかイライラしているみたいだ。


「ムジン、なぁ。なんかわからないけどヒカリが危険な気がしないか」

「俺様もそう思う。コセン、どうする」

「わかっている。我もこれには何か裏がある気がしている。だがしかし……。むむむ、それはそうとミサクチ様はどこへ行った」


 確かに。そういえば薬師様もいない。十二神将もいない。仏様たち全員いない。どうなっている。


「みんな、どこ行ったんだ。どうすりゃいいんだよ、コセン」

「しかたがない。ナゴの言う通りヒカリを止めよう。行くぞ」


 駆け出すコセンをムジンとともに慌てて追いかけ、叫ぶ。


「ヒカリ、止まれ。ツバサのもとへ行くな。これは罠だ。絶対に何かある」


 ズドドドドーーーン。

 突然、大地が盛り上がり四方に壁が盛り上がってきた。

 な、なんだこれは。


「おまえらに邪魔はさせぬ」

「天魔、この野郎」

「ふん、雑魚ざこはそこでおとなしくしていろ」


 くそっ、雑魚だと。

 あっ、ヒカリは。ヒカリはどうした。このままではヒカリが行ってしまう。

 こんなものぶっ壊してやる。


「ヒカリ、待て。早まるな」


 ナゴは叫び、壁に一撃を食らわす。やったかと思った瞬間、土の壁が崩れ落ちて身体半分が埋まってしまった。最悪だ。身動き取れなくなってしまった。


「自業自得だ。馬鹿者め」


 天魔の野郎。やっぱり腹が立つ。ナゴはギギギと歯を食いしばって天魔を睨みつけた。


「コセン、ムジン、ナゴ。私は大丈夫です。信じてください」


 ヒカリか。

 ナゴは歯を食いしばるのをやめて、辛うじて見えるヒカリの姿を目で追った。


 翼のもとへゆっくりと近づいて行くヒカリ。本当に大丈夫なのだろうか。ここは信じるしかないか。そうだ、大丈夫に決まっている。きっと何か策があるのだろう。


 よほど自信があるのか天魔はそれでも静観している。

 ナゴは天魔の薄笑っているような顔にブルッと肩を震わせた。


『ヒカリとツバサをお守りください』


 ナゴは手を合わせて祈る。

 ヒカリは翼の前にゆっくりと降り立った。その矢先、翼の身体がビクンと仰け反りカッと目を見開く。

 真っ赤だ。瞳が血のように赤い。翼のあの目はなんだ。


 まずい。やはりこれは罠だ。

 翼の身体を縛り付けていた縄がブチブチと断ち切れて、いつの間にか手にしていた鈍く光る剣を頭上に振り上げている。


 ヒカリが、ヒカリが殺される。翼に殺される。

 そ、そんな……。そんなのダメだ。


 やめろ、やめろ。黙れ、天魔。

 天魔の不気味な笑い声がこだまする。


「んっ、何」


 どうした。天魔の笑い声が止まり驚きの表情を見せている。

 ナゴが目にしたものは翼に向けててのひらかざすヒカリの姿だった。翼は剣を振り上げたまま動きを止めている。


「ありえない。そんな馬鹿な。ツバサ、早くヒカリを殺せ」


 天魔の声とは裏腹に翼の瞳がもとの色に戻っていく。天魔の術が解けようとしている。ヒカリが翼の呪いを解いている。


 凄い、凄い、凄いぞ。

 強力な呪いのはずだ。その証拠に、ヒカリの額に薄っすら汗を掻いている。


「ヒカリか。本物のヒカリだよな。やっと会えた」


 翼の声だ。優しい声だ。

 翼の顔に笑みが零れている。肌の色はまだ紫のままだが、どうやら翼は自分を取り戻したようだ。これで大丈夫。

 ナゴはホッと息を吐く。


「くそっ、くそっ、くそっ。それで勝ったと思うなよ。隕鉄剣いんてつけんに眠る黒龍よ。我の意志に従え。ヒカリを貫くのだ」


 どす黒い龍が剣から浮き上がり、翼の身体に巻き付いていく。


「やめろ、天魔」


 ナゴは埋まった身体を震わせ、抜け出そうとした。

 ダメだ。どうしてこうなる。ああ、もう。

 翼が。いや違う。あの黒龍のせいだ。それも違う。天魔だ。天魔の仕業だ。


「まずい。手が、手が。くそっ、負けてたまるか」


 ヒカリはまだ翼に向かって掌を翳している。


「ヒカリ、逃げろ。早く逃げろ」

「大丈夫。私は大丈夫。この呪いを解いてみせる」


 剣がガタガタと震え出し、ゆっくりとヒカリ目がけて動き出す。


 翼は顔を歪めて「ダメだ。この呪いは強過ぎる。身体が言うことを利かない。もう負けそうだ。このままだとヒカリを殺してしまう。そんなの嫌だ。だから早く逃げてくれ」と懇願している。


 ヒカリは頭を振って掌を翳し続けている。


 くそっ、くそっ、くそっ。

 ナゴは埋まった身体をもう一度震わせて、どうにか脱出しようと試みた。


 ヒカリを助けなきゃ。ああ、もう。なぜ動かない。なぜ、脱出できない。

 仏たちも味方の古の神々も何をしている。ヒカリを助けろ。どこに姿をくらませた。まさか逃げたのか。


「むむむ。そうか、そういうことか。いたぞ。あそこにいた」

「突然なんだよ、コセン。『いた』って何が」

「本当だ。いた。ナゴ、よく見ろ。ヒカリをよく見ろ」

「なんだ、ムジンまで。ヒカリがどうしたって」


 ナゴはじっと目を凝らしてヒカリを見遣る。

 あっ、あああ、見えた。

 ヒカリの中に薄っすらとだが仏たちと古の神々の姿が重なって見える。日向ひむかまでいるじゃないか。


 なんだ、あの姿は。

 日向は大人の美しい姿をしている。もとあった力が復活したのか。そうか、ヒカリの力は一人の力じゃなかったのか。皆の力が融合している。


 負けるな、ヒカリ。

 天魔の呪いなんかね飛ばせ。


 ああああ。ダメだ、ダメだ。

 黒龍の宿った剣がじりじりとヒカリへと動いていく。ヒカリの腹へと剣先が近づいていく。あの剣をどうにかしなくちゃ。天魔をどうにかしなくちゃ。

 動け、動け。ここから抜け出ろ。


「ヒカリ、ごめん」


 翼の大声が届いた瞬間、ヒカリの腹を翼が蹴飛ばした。翼は後ろへ倒れ、その反動で手にしていた黒龍の宿った剣が翼の腹を貫いた。

 いや違う。翼自ら剣を腹に突き刺したんだ。


「ツバサーーーーー」


 ヒカリの絶叫が纏っていた光を解き放ち、大地を震わせた。


「ヒカリ、ごめん。俺のぶんまで生きてくれ」


 翼の頭がガクリと揺れて下を向く。手もダラリと垂れさがっている。

 翼が、翼が死んじまった。こんなことってあるか。

 ナゴは頭を左右に振り、瓦礫がれきに拳を叩きつけた。


「いやーーーーー。ダメ、ダメ。ツバサ、ダメ。死んだらダメ。私を置いて行かないで」


 ヒカリの叫び声だけがどこまでも響き続けた。


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