【二】天魔の目論見
日向がなぜいる。力を奪い、蘇らないように無に帰したはず。
身なりは子供だが、あいつは間違いなく日向だった。力を感じた。魂を取りこぼしたってことか。
ウオルの奴がしくじったのか。まったく何が狼の
いや、ウオルばかりを責められないか。日向、なかなかやるではないか。馬鹿を言え、油断しただけだ。そうでなければ。
地面を思いっきり踏みつけて、天魔は歯を食いしばった。
ナゴに集中し過ぎた。
もっと周りに目を向けておくべきだった。
『くそっ、くそっ、くそっ。毒を盛るとは小生意気な奴だ。だが、こんなことでは死なぬ。
怒りがふつふつと湧いてくる。
「日向が憎い」
いつも、いつも、いつも邪魔をしやがって。
今に見ていろ。必ず、この地を支配してやる。それももうすぐだ。皆がひれ伏す姿が見えてくるようだ。その中には日向、おまえもいる。いや、そのときには魂すら消し飛んでいることだろう。この手で捻りつぶしてやる。そうでなくてはいけない。
この世に君臨するのはこの天魔だ。
日向でもヒカリでもない。もちろん、ミサクチでもアラハバキでもない。渡来の神でも仏でもない。皆、喰らいつくしてやろうではないか。そのためには翼が必要だ。
ヒカリを誘うエサとなり命を頂く。ヒカリの力を手に入れれば、誰にも邪魔することができぬ最強の神となるだろう。
あの者は秘められた力がある。
天魔は目を細めニヤリと笑った。だが、すぐに眉間に皺を寄せてすぐ脇にあった木に拳を叩きつける。
ああ、くそっ。
日向の顔がチラつき、再び木に一撃を喰らわせた。木の幹が砕け散り倒れていく。
「失せろ。日向の顔など見たくない」
天魔はイラつき、地面を何度も踏みつけ天に向けて咆哮した。
どこへ行っても皆して『日向、日向、日向』だ。邪魔者は排除したと思ったのも束の間、今度はヒカリだ。日向もヒカリも許せぬ。一刻も早く存在を消し去らねば。この天魔の偉大さを知らしめなければならない。
まずは日向を完全に無に帰さねばならない。
どうすれば日向をこの世から消し去ることができるのか。死してもなお蘇るなんてことはあってはいけない。日向は過去の者だ。誰だ。日向をこの世に連れ戻した奴は。
腹が立ってしかたがない。
ふとミサクチの存在が頭に浮かぶ。
ふん、そうか。日向を復活させたのはミサクチか。
そうだ、そうに違いない。
あいつか。あの者ならば黄泉の国から呼び戻すことも容易いだろう。余計な真似を。古の神がなんだという。まあ、よい。こちらにも古の神々がいる。ミサクチほど力はないがそのおかげでかなりの力を得ることができた。
皆、信じやすくて助かった。
『神聖なる場所を荒らしているのは渡来から来た者たちだ。薬師如来も十二神獣も信じてはいけない』
そう囁いただけで
ただ信じぬ古の神々もいることも事実だ。それもミサクチが死ねばすべてが終わるだろう。いや、違う。アラハバキもここのところ疑わしい。気をつけなければいけない。それもヒカリという存在の影響かもしれない。
なんとしてもあの者の力がほしい。
こうなったら仏とやらに古の神々を攻撃させるように仕向けよう。そうすればこの地は終わる。神と仏、どちらが勝つのか。そんなことどっちでもいい。
重要なのはヒカリをおびき寄せることだ。
戦乱の世と化せばヒカリの守りも必ず弱まるはず。そこで翼をいためつければヒカリは絶対に助けに来るはずだ。
あの小娘が覚醒する前にどうにかせねば痛い目をみるのはこちらだ。
天魔は頭を振り、大丈夫だと思い直す。
たとえ覚醒したとしても勝ち目はある。翼がヒカリの力を
それにしてもあのような者をみつけてくるとは薬師如来も侮れぬ。生かしておいてはのちのち厄介だ。十二神獣も厄介だ。必ず
まずは戦乱の世へと導き、そののち翼を山の麓の木へ縛り付けておくことにしよう。
その前にヒカリがみつかれば、それに越したことはない。念のためヒカリの居場所を探し当てたほうがいいいか。
「ウオル、いるか」
「はい。天魔様」
「いいかよく聞け。コセン、ムジン、ナゴの動向を探れ。あの者たちはヒカリの居場所を知っているかもしれぬ。同時にミサクチの巨岩があった場所も探れ。あの近くにヒカリがいる可能性がある。
「はい、いますぐに向かいます」
狼の長ウオルが走り行く姿を眺めつつ山の神ヤツ、野の神ノヅ、谷間の神ノクを呼び寄せて同じ任務につかせた。古の神のほうがこの地のことは詳しいだろう。早くヒカリの居所を掴めるかもしれない。
はたして、誰がヒカリをみつけてくるか。
裏切り者がいるかもしれぬ。ここは慎重にいかねば。そうでないとまた、あいつらが。
「天下は我のものだ」
天魔はニヤリとして空を仰いだ。
そうだ、薬師堂に火を放てば……。
「クシミ、クシミはいるか」
時を見て、実行するとしよう。
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