【三】マキのもとへ


「はじめまして、久遠仁志といいます。そして、こいつはツバサ」


 マキが口をポカンと開けてこっちに目を向けた。

 んっ、なんだ。顔が赤い気がするけど熱でもあるのか。具合が悪いときに来てしまったのだろうか。そうだったら申し訳ない。


 あれ、違うのか。笑みを浮かべて近づいて来た。元気ではあるのかな。


「あの、その。はじめましてマキです」


 握手を求められて翼は戸惑ったが、マキの手を取り握り返す。


「休んでいるところ悪いが、ヒカリの話を聞かせてもらえないだろうか」

「あっ、はい」


 ひとじいの言葉にマキは真面目な顔つきになり椅子を用意してくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 翼はひとじいが座るのを待って腰を下ろす。マキも椅子に座るとヒカリのことを少しずつ話しはじめた。


 見た感じ、どこもおかしなところはなさそうだ。本当に精神に異常をきたしているのだろうか。


 ヒカリの話も辻褄つじつまは合っている。

 あれ、どうしたのだろう。マキの瞳が潤み出した。


「ヒカリは、ヒカリは消えたんです。誰も信じてくれないけど消えたんです」

「消えた?」


 どういうことだ。いったい何を言っている。


 ひとじいは順を追ってマキに話を聞き出していた。

 なぜ御弥山に行ったのかからはじまり、どこでどう消えたのかまで細かく話を聞いた。


 マキの話は途中まではよかったが、正直なところ納得できるものではなかった。やっぱりどこか精神的に病んでいるのかもしれない。


 ヒカリは誰かに呼ばれたなんてことを話したらしい。冗談だとも言っていたらしいが本当になにかに取り憑かれているんじゃないかと思うくらい真剣だったらしい。


『狸がしゃべった』とか言い出したり、道のない森の中に突入したりとか。『光る花』とかなんとか。本当だったら確かに変だ。


 吊り橋での話も正直信じられない。

 落ちたのにヒカリは空を飛んでいたようにも見えたらしい。しかも忽然こつぜんと消え去ったと言う。ただはっきりと見たわけではないらしく、突風とともに葉っぱが飛んできてちょっと顔を背けてしまったほんの一瞬の間にヒカリはいなくなったと話した。


 川に落ちて流された可能性もあるようだ。

 一番不思議なことは気づいたときにマキは山のふもとに立っていたという。そんなことってあるだろうか。やっぱり変だ。

 ひとじいはただただ頷いている。マキの話を信じたのだろうか。


「あの……」


 マキの真剣な眼差しにドキッとした。


「私、どこもおかしくないんです。気が狂ったなんて嘘です。全部、本当のことしか話していないです。だからここから出してください。お願いです」


 潤んだ瞳でそう訴えかけられると願いを叶えてあげたい気持ちになってしまう。

 いやいや、それはダメだ。聞き届けられない。医師の許可がいる。医師が精神疾患だと診断したのならくつがえすことは難しい。


「ごめん。それは難しいかと」

「そうですよね」


 俯くマキに申し訳ない。やっぱり精神疾患ではないのだろうか。

 マキは続けてぼそりと呟いた。


「みんな、神隠しの話は信じるのになんで、どうして」


 なんだかマキの顔を見ていると胸が痛んだ。それでも全部信用してあげられない自分がいた。心の中で翼は『ごめん』と謝罪して病室をあとにした。


 神隠しの話だってみんながみんな信じているわけではない。マキの話は神隠し以上におかしな話だ。

 んっ、神隠しなのか。もしかして。


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