【十九】食事の時間
「メシ、メシ、メシだメシ」
「ナゴ、うるさいぞ」
「なんだよ、コセン。美味いメシが食えるんだぞ。テンションあがらないほうがおかしいよ。なぁ、ムジン」
「んっ、まあな。けど、ナゴはテンション上がり過ぎだ」
ナゴがこっちに顔を向けて口元を緩めた。何、急に。
「そうか。ヒカリもそう思うか」
「えっ、何も言っていないけど」
「そうか。言っていなかったか」
「おい、ナゴ。俺様を無視するな」
ヒカリは笑いを堪えてナゴとムジンを交互に見遣った。
来た、来た。
この世界の食事はどんなのだろう。運ばれてくる食事に目を向けてなるほどと頷く。
これは雑穀米だろうか。見た感じ雑炊みたい。それはそうとこの器は土器だ。教科書で見たような感じだけど、やっぱり過去の日本で使われていたものとそっくり。
弥生式土器とか言うんだっけ。違うだろうか。
ナゴがガツガツと食べる姿を見遣り、すぐに違うと否定した。
あんな馬鹿デカい猫は弥生時代に存在しない。古墳時代にも飛鳥時代にも存在しない。たぶん。
そう、まったくの別世界だ。
それはそうとこれってスプーンかな。木製だけどスプーンがあるとは思わなかった。手で食べるのかと思っていた。
「ヒカリ、食べないならおいらが食っちまうぞ」
「ちょっと私のぶんなんだから食べないでよね」
ヒカリは手前にあった団子をほんの少し
あれ、こっちのは美味しいかも。
「口に合わないか」
コセンに声をかけられて頭を振る。
「大丈夫」
「大丈夫か。それは美味しくはないってことだろう」
「ううん、そんなことはないよ。こっちのはちょっとあれだけど。こっちは美味しい」
「我慢して食べているならおいらが食べてやる」
「ナゴ、まだ団子だけしか食べていないじゃないか。ヒカリがあげるというまで待て」
「なんだよ。わかったよ、コセン」
ナゴは伸ばしかけていた手を引っ込めて自分の皿にある残りカスを舌でからめとっていた。時折、チラチラとこっちに目を向けてくる。
ナゴのあの目を見ているとなんだかあげない自分が悪いような気がしてきた。
「ヒカリ、ナゴにあげる必要はないぞ。これから頑張ってもらわねばならないからな。しっかり食べなきゃな」
それもそうか。団子をまた一口食べる。それにしてもこの団子はなんだろう。
「ねぇ、これは何」
「どんぐりと栗の団子だ」
そうか、これ栗の味だ。こっちはどんぐりか。あまり美味しくない。いや、自分の口に合わないだけかも。みんな美味しそうに食べている。
まあいいや。口直しに魚を食べよう。
これはいける。なんだか幸せ。
美味しさが広がった口に雑穀米を流し込む。思っていたより雑穀米もいけるかも。
「そっちの魚はイワナだ。それは美味いだろう。雑穀米もなかなかだと思うぞ。その隣のアケビもおいらは好きだな」
イワナか。確かに美味しい。アケビも美味しそう。
そう思っていたらナゴがじっとこっちをみつめていた。『食べたいよ』オーラが凄い。もうその目はやめて。
「ナゴ、ダメだからね。私、全部食べるから」
「そうか、残念だ」
どんだけ食いしん坊なんだか。
コセンとムジンが笑いを堪えていた。もしかしたら、いつものことなのかもしれない。
「サヨ。おーい、サヨ。メシはまだ残っているか。あるならおかわりおくれ」
サッと木戸が開くとサヨが正座していた。
「おおサヨ。おかわりだ。おかわり」
「ナゴ様、申し訳ございません。食事はそれで終わりです。残っていません」
「な、なに。残っていないだと。嘘だ、嘘だ。おいら空腹で死んじまう」
「ナゴ、大袈裟なこと言うな。おまえは他の者より倍の料理を食べていたではないか。いや、三倍か。食い過ぎだ」
「コセン、それでもおいら食いてぇんだよ」
コセンは溜め息を漏らして左右に頭を振っていた。
しょんぼりしたナゴが隣でも溜め息を漏らしている。ヒカリは自分の目の前にある料理をじっとみつめた。まだ雑穀米が半分とイワナが半分残っている。
「ナゴ、食べかけだけど食べる」
その言葉を待っていましたとばかりにナゴは雑穀米の入った器とイワナを手に取り一気に呑み込んでしまった。
嘘でしょ。なんて早業なの。マジックみたい。
一、二の三で消え去ったみたいに一瞬の出来事だった。
「ごちそうさん」
ナゴったらお礼も言わないで行っちゃった。
コセンとムジンが苦笑いを浮かべているのを見て、自分も少しだけ口角を上げた。
まあいいか。猫ってそういうものだ。大きくても言葉がしゃべれても神様だとしても猫は猫ってことか。
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