【十七】臭うぞ、臭う


「ヒカリ、コセン大丈夫か。んぐっ、臭う」


 ナゴは顔をしかめてあたりを見回している。

 臭うって何が。あっ、確かに何か臭う。なんだろう、この臭い。


 ナゴは一瞬だけコセンと目を合わせていたが、すぐに逸らした。どうしたのだろう。コセンの目がなんとなく怖い。


「ナゴ、入って来るなりなんだ。我が臭いと言うのか」

「コセン、違う、違う」

「それじゃヒカリが臭いっていうのか」

「えっ、酷い。私のどこが臭いっていうのよ。ナゴのこと許してあげようと思ったのに酷い」

「おいおい、そんなこと一言も言っていないじゃないか。おいらは臭うって言っただけだ。嫌な臭いがするだろう。怨霊でも紛れ込んだような臭いだぞ、これは」


 怨霊。嘘でしょ。ここにいるの。そんなはずはないと思うけど。


「ナゴ、怨霊ってことはないだろう。先程まで日向の霊がいたにはいたが怨霊ではなかったぞ。むむむ、待てよ。確かに怨霊のような臭いがしなくもないか。別の何者かがいるというのか。まさか」


 日向は怨霊だったのだろうか。そんな感じじゃなかった。きっとナゴの勘違いだ。


「日向がいたのか。コセン、それは本当か。おいらに挨拶もなしに帰っちまったのか」

「ナゴ、おまえ屁でもしたのか。くっせぇぞ」


 部屋に入って来るなりムジンが大声を張り上げて、鼻をつまみながら手を左右に振ってみせた。


「な、なんだと。屁なんかするか。ムジン、喧嘩売っているのか」

「ふん、やろうっていうならやってやるぞ」

「おい、二人とも喧嘩をしている場合じゃないだろう。それにナゴの屁だったらもっと臭い。皆、ここにはいられないくらいにな」

「うむ、それもそうだな」

「コセン、何を言う。それにムジンも納得するな」


 ヒカリは思わず噴き出してしまった。コセンもムジンもつられるように笑い出す。


「なんだよ、皆して。面白くない」

「ごめん、ごめん」


 ヒカリが笑いを堪えて謝るとナゴは「まあいいけど。これでおいらの犯した過ちも帳消しにしてくれよな」と呟いた。


「わかったわ。けど、本当に変な臭いがする。これ怨霊の臭いなの」


 ヒカリはコセンに向かって問いかけた。


「うむ、臭いの正体が我にもわからないとなるとこれは問題だ。とにかく嫌な臭いを振り払おう。このままでは魔を引き寄せてしまう。アシ、ヨウ、ノキいるか」

「はい、コセン様。なんでしょう」


 子狐と子狸と子猫が三匹揃ってかしこまっている姿はなんとも癒される。頬擦りしたくなってしまう。


金木犀きんもくせいをこの部屋へ運んで来い。金木犀の香りでこの臭いを一掃する」

「えっと、キンモクセイですか。それは」

「ナゴがもうひとつの人の世から勝手に持ち込んできた香りの強い花を咲かす木があっただろう」

「ああ、あれですね。ではすぐにお持ちします」


 アシ、ヨウ、ノキは顔を見合わせて納得するとすぐに部屋を出ていった。何気なくナゴに目をやると難しそうな顔をして腕組みをしていた。ナゴはいったい何を考えているのだろう。


 金木犀を勝手に持ち込んだことを反省しているのだろうか。そうじゃないか。というかここには金木犀はなかったのか。どこにでもある木だと思っていた。


「なあ、コセン。気のせいかもしれないがヒコの匂いもしないか」

「何、ヒコだと」


 コセンは鼻を上へ向けヒクヒクさせた。ムジンも鼻をヒクつかせている。


「うむ、よくわからん。気のせいじゃないのかナゴ」

「そうかなぁ。気のせいかなぁ。ムジンはどうだ」


 ムジンは首を捻っていた。

 ヒコって誰だろう。ヒカリはナゴに近寄り耳打ちした。


「んっ、ヒコか。日向の弟だ。突然、いなくなっちまってかれこれ一年以上経つだろうか」

「そうなんだ。日向に弟がいたんだ」


 行方不明になっている弟か。なんだか他人事には思えない。

 ナゴは胡坐あぐらをかいて腕を組みながら唸り声をあげている。


「気のせいなのかなぁ」


 なんだか納得いっていないみたい。


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