セリフで殺す

西野ゆう

第1話

「それじゃあ、行ってきます!」

「危ないところに行っちゃだめよ。特に夜は気を付けないと」

「わかってるよ」

「何かあったらすぐ電話しなさいね」

「顧問もついてくるから大丈夫だって。それじゃ、急いでるから!」

「急いでる時こそ気を付けるの。わかった?」

「はいはい。まあ、五分もあれば片付けて帰ってくると思うけどね……」

「うん? 何か言った?」

「いいや、なんでもない。行ってくるよ」

「はーい。行ってらっしゃい!」

「ああ、軽く遅刻かなあ。ちょい自転車飛ばすか」

「おう、お疲れぃ」

「ああ、マジで疲れたよ。ごめんね、三十分も待たせちゃって」

「別に。本読んでたし、気にすんな」

「ありがとう。それにしても、夏休み、ようやくって感じじゃない?」

「それなあ。なんか一年の時より、めっちゃ長く感じたわー」

「だね。どうする? もう次の電車に乗る?」

「いや、昼飯買いに向かいのパン屋行きたいとこだな」

「じゃあ一緒だ。付き合うよ」

「おう。そういや聞いたか? 今年の部誌、ミステリーだってよ」

「あ、もう聞いてる。なんか、かつてない実験的な試みをするって言ってたよね」

「何考えてんのかね? 条件全部聞いたか? 厳しすぎだっての、マジで」

「えっと、まずはセリフだけで書く、でしょ? 地の文は使わずに」

「ああ。それだけなら、まだなんとかいけたかもしれないけどな。固有名詞だけじゃなくて、人物を指す代名詞も使用禁止? あの条件が意味わかんね。ほかのジャンルでもギリ。ミステリーなら完全アウトだろ。絶対成立しないね」

「そんなのやってみなくちゃ分からないよ。まあ初めから『実験的試み』とは言ってたけどね」

「実験というなら、失敗だね、間違いなく。セリフだけで冒頭の事件は表現できても、犯人を追い詰める流れなんか書けるわけないって。固有名詞も人称代名詞も使えないんじゃな」

「そういえばさ、『ディスクリプティブパートがないパントマイムは成立しない』って誰だっけ?」

「ディスクリプティブパート? ああ地の文ね。あれだろ、フランスの戯曲作家。名前は忘れたけど。続きは『セリフがない戯曲もまた成立しない』じゃなかったか」

「そうそう、それだよ」

「で、それがどうした?」

「多分、それに反抗したくなったんじゃないかな?」

「それで地の文がない小説を部誌のメインにするって? とは言ってもな、よりによってミステリーってところが無謀なんじゃないかってんだよ」

「まあ、だから実験程度なんじゃない? あとあれ。ミステリーって、地の文では嘘をついてはいけないって暗黙のルールあるじゃないか」

「ああ、確かにな」

「で、何年前だったかな、盛大にそのタブーを破って、どこかの出版社のミステリー新人賞に、大賞じゃなかったけど優秀賞みたいなの貰った作品があんじゃん」

「ああ、あったな。読み終わって思わず床に投げつけた上に、キャスター付きの椅子で何度もいてやった記憶がある」

「あ、そういうことホントにやりそう」

「うっせえ。で、それがなんで地の文、ついでに固有名詞、人称代名詞総排除って流れになる?」

「嘘がつけないのなら、なくしてしまえ。的な。鳴かぬならーってやつだよ」

「どこがどう鳴かぬならってやつか意味が分からん。いや、言いたいことは分かるが、そこにある間違いをいちいち正す気になれんな」

「ま、それは置いといてさ。昨日思いついて早速取り掛かったんだけど、どうせやるなら、一番に仕上げたいじゃないか。で、なんか寝るのも忘れるぐらいでさ」

「それで寝坊して遅刻か。だが、だからといって待ち合わせに三十分遅れていい理由にはならんわな」

「え? さっきは全然気にしてないみたいに言ってくれてたのに。でもさ、相手が恋人だったら、一時間ぐらい待たされても平気なんだろ?」

「相手が誰だろうが待ち合わせた後の予定によるな。目的が初来日する人気バンドのライブとかだったら、一緒に行く約束した相手が好きなアイドルでも捨てて行く」

「なるほどね。イベントと相手を天秤に掛けるわけだ」

「大人として当然だろ」

「じゃあ今回は部活のイベントが乗った方の天秤の皿が、上にあがったってわけだ」

「それは厳密には違うな。三年生の中に下級生が独りだけだと面倒だからな。クッション役はなんにでも必要なんだよ」

「あっそうですか。で、その三年生は?」

「もう、キャンプ道具、それから晩飯の材料共々先に行ってもらった。今頃もう火もおこし終わってる頃だろ」

「着いたら早々に説教されそうだなあ」

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