第14話 黒髪

 またある日のことだ。

 タカナシさんが私の髪を私の好きな漫画のキャラクターのように結ってくれた。

 鏡を見て思わず呟いてしまった。

『嘘……』

 私の好きな剣士が目の前に現れたのではないか、というぐらいに再現されていた。


『お似合いですよ、お嬢様』

 私たちはしばらくその漫画のキャラクターになりきって遊んだ。

『タカナシさんも髪が長かったら、二人で変身できたのにね』

 何の気なしに私が言うと、タカナシさんの表情がほんの一瞬だけ固まった。

 しかし、タカナシさんはすぐににやりと笑った。

『実はこの髪型、もう変身しているんですよ』

『え、そうなの?』

『はい、×××××です』

 それはバイクに乗って色々な国を旅する女の子の名前だった。タカナシさんと私が初めて出会った時、タカナシさんが勧めてくれた本の主人公だ。

 確かに『×××××』は短い黒髪だけれど……。

 私はチラリとタカナシさんの全身を見た。

『×××××』はその髪型と容姿からよく少年に間違えられるキャラクターだ。

 一方でタカナシさんは大人の女の人の身体つきをしている。

 タカナシさんが『×××××』になりきるのなら、なんと言うか、あまり似合っていない気がした。


『長くて美しい黒髪はね、女の財産なのですよ』

 母が昔からよくそう言った。

 だから、髪を大切にしなさい、とも。

 その言葉を思い出しながら、考えた。

 きっと長く美しい黒髪を持ったタカナシさんは、それは、それは美しいだろう、と。

 だけど、私はその思いを口にすることはなかった。

 代わりに笑顔で言った。

『私、タカナシさんの男の子みたいな髪型好きだよ』

 タカナシさんははにかんだ。

『ありがとうございます』


 私はタカナシさんが好きだった。

 切り株に腰掛けて本を読む姿も。嬉々としてチキンラーメンを食べる姿も、全て好きだった。


 私は幸せだった。


 そして、季節は流れた。

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