全文解説「おやすみチャンネル」
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書いた時期が夏の終わり、9月初頭のまだ若干暑い頃だったので、四季計4作の中で最も書きやすかったように思います。
とはいえ、今回はテーマが「春」「夏」「秋」「冬」という割りあい漠然とした物だったので、ポンと思い付いてゼロからサクサク書けたわけでもないのですが。
本作の場合、「YouTuberは刺殺事件直前に近所で包丁を買った所を監視カメラで撮られても、領収書だけチャンネル名で貰っとけば取り調べ時に用途をアピールできるから強い」みたいな発想(※事実とは異なります)があり。
そこから派生した「薬剤師系YouTuberの殺人犯が事件直前に睡眠薬を大量購入する話」のプロットを夏アレンジ(?)した内容となっています。
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エアコンを入れても眠れない夜だった。
扇風機を追加しても駄目だった。
カッとなってスウェットに着替え、近くの大きな公園の、池の周りを軽く歩くことにした。
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夏をテーマに書くに当たり、「夏と言えば?」「暑い」という糞みたいな自問自答から、暑い夏の話を書くことに決めました。
厳密に言うと、『凍らせたチュールはチューリングテストをパスできるか?』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054886447477/episodes/1177354054886500433)という過去作を思い出し、「暑い夏の夜には、暑い夏の夜の話を書けばいいのか」という糞みたいな閃きがあったと思うので、もう少し複雑な思考を辿ってはいたかもしれません。
あまり覚えていませんが、たぶんそうだったと思います。
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「家の中より涼しい気がする」
桜の頃は夜遅くまで、お花見ヤンキーやお花見大学生、お花見主婦グループがドンチャン騒ぎをしていた辺りも、この季節は静かなものだ。
藪蚊の群れがブンブン騒ぎをしているので、なるべく長居はしたくないけれど。
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これを書いている時に頭の中にあったのは、確か井の頭公園だったと思います。
とはいえ、井の頭公園の構造はうろ覚えですし、別の公園も混ざっていたような気もするので、これはあくまで架空の公園の話であり、架空のヤンキー、架空の大学生、架空の主婦グループの話です。
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ぐるりと一周歩いて自室に戻り、生ぬるいシャワーを浴びて、エアコンを全力で回し、どうにか眠れた翌朝、公園の池で溺死体が見つかったのだそう。
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元プロットでは主人公が捜査関係者の側だったため、夜の公園を散歩をするくだりはありませんでした。
夏アレンジに伴い、「暑くて眠れないから池の周りを散歩するってことにしたら、事件と日常をスムーズに繋げるぞ!」とシーンを追加したのですが、書きながら「夏場の暑い夜に散歩しただけで眠れるわけないだろ」と思い直したので、結局ガンガンにエアコンを回すことになりました。
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私に事情を聴取したお巡りさんが言うには、仏様は散歩中の近隣住民が発見。
死因は前述の通り、溺死。
胃からは大量の睡眠導入剤が出てきたとか。
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この「お巡りさん」が元プロットの主人公である刑事です。
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「大量ってどれくらいですか」
「睡眠薬の瓶ってわかりますかね。大体ナメタケの瓶と同じくらいの容積なんですが」
わかるような、わからないような。
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ナメタケの瓶って微妙に潰れてるし、縦に長いしで、いまいち容量とかよく判らないですよね。
たぶん睡眠薬の瓶の容積とは、そこそこ差があると思うんですけど。
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「その瓶が大体四十本分、丸ごとです」
「多っ」
グリム兄弟でもそこまでしないわ。
死因、本当に溺死でいいのかな。
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童話の常として、『狼と七匹の子山羊』にも様々なバリエーションがあるものですが、「狼の腹を割いて丸呑みされた者を救出」はともかく「代わりに石を詰め、喉が渇いた狼が井戸を覗き込んだ拍子に重みで落下する」というパターンが子供心に衝撃だったので、「アホみたいな物量を胃に詰め込む」ことからグリム兄弟を連想しています。
彼らは『赤頭巾』でも「狼の腹を割いて丸呑みされた者を救出」していたので、恐らく腹を割いて何かを出し入れすることに対し、強い執着があるのでしょう。
実際に40瓶分の睡眠薬を胃に投入するとどうなるのか計算はしていませんが、水を飲んだ状態で、外傷を伴わずに窒息死をすれば、場合によっては溺死認定になるかもしれません。
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「近所の薬局で聞き込みをしたところ、直近で怪しい購入者の情報はなかったようです」
口の軽いお巡りさんは世間話のように捜査情報を部外者に開陳する。
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前述の通り、元プロットでは「お巡りさん」が主人公だったので捜査情報も全て自前で持っていたのですが、完成版では主人公交代のため、主人公と情報を共有するべく、安易に捜査情報を漏洩する羽目になりました。
作者の都合で振り回される登場人物は大変ですね。
なお、応募版では「操作情報」になっていたので誤字修正しました。
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「サンプルとして同じ銘柄の薬を買っとこうと思ったんですがね。近所の薬局はどこも売り切れとのことで」
「最近寝苦しいですからねぇ」
「それが、こんなに売れたのは昨日の晩だけなんだそうで」
「はあ。
「いえ、突発的なブームなどではなく、購入者はたった一人、同じ人だそうで」
「うーん、そいつが犯人では? 普通の人がそんなに大量の睡眠導入剤を買うわけないですよ」
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「あるある」とは1996~2007年に放送されていた健康番組『発掘!あるある大事典』及び『発掘!あるある大事典II』の略称です。
放送当時は番組で特集された食品が翌日のスーパーで売り切れるほどの影響力を持っていましたが、データ捏造が発覚して2007年1月に打ち切りとなりました。
なお、Youtubeのサービス開始自体は2005年ですが、一般ユーザーのYouTube動画収益化は2012年に開始されました。
当然ながら、「あるある」の放送当時は日本国内で「YouTuber」という概念も一般的ではなく、ここでの「あるある」は「テレビで紹介されることにより商品が店頭から消える現象」を揶揄した表現です。
舞台設定は2017年頃を想定していたような。
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私が名推理を披露すると、お巡りさんは不敵に笑い、
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「コンデジ」はコンパクトデジタルカメラの略称です。
書いている途中までは、証拠品の領収書を透明な袋に入れて持ち歩き、主人公に見せてくれていました。
が、流石にそこまでポンコツだと何かしらの懲戒処分を受けそうなので、デジカメで撮影してもらうことになりました。
なお、応募版では「不適」になっていたので誤字修正しましたが、実際にここで笑うのは不適切な気もするので、あながち間違いとも言い切れません。
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写っていたのは領収書だ。
宛名は「グレイトパワーオブ科学チャンネル」とある。
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このチャンネル名を考えるには意外と時間がかかりました。
大体6秒くらいはかかったと思います。
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「なるほど、YouTuberですか」
「そうなんです」
「YouTuberなら、経費で睡眠導入剤を四十瓶も買うことだってありますよね」
「きっと何かの動画に使うんでしょうね」
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YouTuberに纏わる都市伝説として、動画に使う物なら何でも経費で落とせるという話があります。
YouTuberなら用途不明な凶器を買っても、意味不明な大量購入をしても不思議ではない。
であれば、領収書の宛名に「○○チャンネル」と付ければ、何を買っても疑われない。
このミステリの根幹を為す緻密なトリック(?)です。
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そういえば私もたまたま、昨晩の散歩中にYouTuberに遭遇したのだった。
池に何かを転がして沈めていたので、何をしているのか聞いたところ、「YouTubeの撮影です」と言っていた。
夜遅くにご苦労なことだ。やはり、好きを仕事にするには、並々ならぬ努力が必要なんだろうな。
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読者の皆様を馬鹿にしているようで心苦しいながら、念のために書いておきますが、この自称YouTuberが犯人です。
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そうして台風がゆく頃には、公園に常駐していたお巡りさんも引き上げてしまった。
怪しい人物の目撃情報はおろか、犯行に使われた睡眠導入剤の出所すら不明だったそう。
事件は迷宮入りになったようだ。
夏の夜の、少し不思議なお話。
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不思議ですね……とだけ書いて終わろうかと思ったのですが、一応総括として。
この事件の犯人は前述の通り、主人公が夜の公園で出会った自称YouTuberであり、「グレートパワーオブ科学チャンネル」の名前で睡眠導入剤を買い占めたのと同一人物です。
徹頭徹尾あからさまに怪しいタイプの、昨今珍しい真犯人ですね。
もしかすると、たまたま主人公と、お巡りさんと、ドラッグストアの店員さんと、その他の関係者全員がポンコツだったのではなく。
本作の作中世界では「YouTuberなら何をしても怪しくないと誰もが納得してしまう」ような常識が歴史的に醸成されていたのかもしれません。
特にそんなことを考えながら書いたわけではないのですが、たぶんそうなんじゃないでしょうか、いや、そんな気がしてきました。知りませんが。
ある日突然に悪の催眠おじさんが放送設備を乗っ取って地域一帯の常識改変をした、などの特別な事情もなく、この世界ではこれが通常の認識なのです。
外部から見れば理解しがたい、しかし内部の人間は疑うという発想すらない、そんな常識はどこにでもあるものですよね。
読者の皆様の中には、「そんなわけないだろ」「流石にそれはない」と思った方もいるかもしれませんが……そうした方ほど、無意識に自らの常識に囚われているのではありませんか。
あまりにも強固な常識であるため、(常識を乗り越える名探偵や、目につく全て否定する逆張り天邪鬼ならともかく)常識に囚われた一般人や一般刑事にとって、この壁を乗り越えることは容易ではありません。
この事件が解明され、警察広報やマスメディアで手口が周知されれば、その常識は徐々に崩れていくことでしょう。
まあ今回は迷宮入りしたんですけど。
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