第006話 天使な姉


 両親との話し合いを終え、無事、エクスプローラを続けられることになった俺は、2階の自室にいた。

 話し合いが終わったら、帰ろうと思っていたのだが、両親からせっかく帰ってきたのだからと、昼飯に誘われたため、食べてから帰ることにしたのだ。

 

 今の時刻は11時前。

 先ほど、ハゲこと川崎支部の支部長に電話し、これまで迷惑をかけたきたことの謝罪と、東京本部への推薦の礼を電話で伝えたところである。

 

 支部長はこれからは期待していると、ぶっきらぼうに伝えてきた。

 ちなみに、車をパンクさせた事もバレており、修理代はキッチリ請求された。

 ケチくせえー。

 

 電話の後、昼飯の時間までは、まだ余裕があるなと思った俺は、自室で雑誌か漫画でも読むことにした。

 

 この自室は俺が家を出る前に使っていた部屋であり、家を出た後もそのまま残っている。

 ただ、所々に妹の私物らしき物が見えるのは気のせいであろうか。


 俺は自室を見渡し、床に落ちている身に覚えのない雑誌を見つけた。


 なんだこれ?

 今夏のダンジョン女子、カワモテ特集?


 偏差値低そう……

 ホノカのだな。

 まさかお姉ちゃんのではあるまい。

 

 俺は姉をエコヒイキしつつ、おそらく妹の私物であろう雑誌を読んでみる。

 

 何々?

 ダンジョン内は危険と恋がいっぱい?

 

『ダンジョン探索中に仲間の男子がかっこよく見える時ってありませんか?

 それと同様に男子もダンジョン探索中に女子が可愛く見える時ってあるんです。

 それは吊り橋効果でもありますが、危険を共に乗り越えることにより、信頼関係が強固になるからなんです。

 そんな時に、気になっちゃうのがあなたのファッションです。

 武骨な鎧や可愛くないローブなんか捨てて、この夏は攻めてみちゃいませんか?』

 

 ほう、意外と面白い。

 そうか、ダンジョン探索中にかっこよく見える時があるのか。

 

 俺は女子とダンジョン探索したことがあまりない。

 評判がすこぶる悪いので、女子とパーティーが組めないからだ。

 女子と探索するのは、後輩の指導の時ぐらいである。

 

 もしかして、後輩の指導で探索してた時、後輩女子は俺をカッコいいと思っていたのかも知れない。

 

 彼女を作るなら、俺のことを知っている同級生や先輩よりも、俺のことを知らない後輩がいいのか。

 うーん、正直、俺の好みは年下よりも年上なのだが、この際、割りきってもいいかも。

 

 釣れない鯛より釣れるアジを狙うか。

 そんな諺があるかは知らない。

 

 よし、まずは年下でもいいから、巨乳な彼女を作ることから始めよう。

 

 そうすると、今後は後輩指導の仕事を多くしてもいいな。

 報酬はほとんど出ないが、協会への貢献度は上がるし、巨乳な彼女を何人も作れるかもしれない。

 

 なんだ、良いことづくめではないか。

 なんかやる気が出てきたぞ!

 フハハ!

 

 俺は今後のエクスプローラ活動の方針を決めると、他に良い雑誌はないかと探し始める。

 

「ルミナ君、ちょっといい?」


 俺が上機嫌で部屋を散策していると、ドアを叩くノックの音と共に、ドアの外から女の声が聞こえてきた。

 

 ん?

 お姉ちゃんか? 


「いいよ。空いてる」


 ガチャという音がすると、髪をセミロングまで伸ばした、麗しい女性が入ってきた。

 その女性はロングスカートをはき、シャツの上にカーディガンを羽織った清楚な感じだ。

 

 彼女の名前は神条ミサキ。

 敬愛する我が姉である。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「話し合い、終わったみたいだけど、エクスプローラを続けられるようになったの?」

「一応ね、なんとかなったよ」


 お姉ちゃんが心配そうな表情で聞いてきたので、オーバーリアクションぎみに肩をすくめて答える。

 

「ああ、良かったね。私はもう無理じゃないかなって思ってたから」

「まあ、かなりヤバかったけど、条件付きで続けることになったよ。来月からは東京本部に通うことになった」

「そう、私の後輩になるのかしら? 小学校以来ね」

「はい、ヨロシクです、先輩」


 お姉ちゃんがクスクスと笑いながら言い、俺が背筋を伸ばしながら冗談っぽく答える。

 仲良し姉弟!


「よろしくね。それで、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」


 お姉ちゃんが上目遣いをしながら聞いてくる。

 あざとい姉だ。

 これで一体、何人の男を誑かしてきたのだろうか?


 こうかはばつぐんだ。


「何? エクスプローラ関係? まさか彼氏が出来たとか?」


 ゆるさん!

 俺という、かわいい弟がいるというのに!!

 

 ちなみに、小学4年生の時に、お姉ちゃんのことをガチで好きだったことはナイショである。

 

 シスコン?

 ノー、血は繋がってないし、OK!


「彼氏なんかいないよ。エクスプローラ関係。実は、この前、≪正義の剣≫っていうクランに誘われちゃったんだ。それでちょっと相談にのってほしいの」


 ほう、≪正義の剣≫といえば、大手クランだ。

 噂で姉のパーティー≪フロンティア≫は、すごいと聞いていたが、あそこに誘われるとはな。

 ≪フロンティア≫はかなり優秀みたいだ。


「俺は良いと思うけど、パーティーメンバーは何って言ってるの?」


 確か、≪フロンティア≫は、6人構成だったと思う。

 お姉ちゃんの同級生3人と中等部の子が2人。

 まあ、中等部の子ってのは、妹と妹の友達なんだが。

 

 姉は≪聖女≫という特別職である。

 ヒーラーに特化しており、ダンジョン探索では、≪聖女≫のような優れたヒーラーがいると、パーティーがグッと安定する。

 

 妹も≪賢者≫という特別職だ。

 ≪賢者≫は様々な魔法を使える上に、接近戦もこなすことができる万能職である。

 

 しかし、あのホノカが≪賢者≫て。

 小学校高学年でも、九九が言えなかったヤツだぞ。


「パーティー内でも、大手クランに誘われることは名誉だから入ろうという意見と、今のパーティーで安定してるから無理に入らなくても良いという意見で割れてるの」

「ふーん。まあ、そんなに急いで決めなくても良いんじゃない? ちょっと待ってもらえば?」


 学生間のクランならともかく、プロのエクスプローラのクランでは、躊躇するのもわかる。


「それがね、ダメなら他のパーティーを誘いたいからって、この春休み中に、結論を出してほしいみたいなの」


 春休み中ってことは、あと10日か。

 あまり時間ないな。


「へー、じゃあクランのメリット、デメリットについて、説明しようか? 俺の主観も入ると思うけど」

「おねがい。私たちはあまりクランに馴染みがないの。その点、ルミナ君は、東城さんのクラン≪ファイターズ≫にいたでしょ?」


 まあ、東城さんに無理を言って、入れてもらったからね。

 

 俺は≪ファイターズ≫に入る時のことを思い出す。


「じゃあ、説明するよ。えーと、まず、クランについては知ってると思うけど、クランは複数のパーティーが集まった組織のことだね。基本的にクランは、何らかの思想や目的を持って集まっている。例えば、俺がいた≪ファイターズ≫だったら、接近戦を得意とするエクスプローラがお互いに切磋琢磨しようって集まった組織だよ。他にも、日本の有名所でいえば、女エクスプローラのみで集まった≪ヴァルキリーズ≫とか、魔法使いが集まった≪マギナイト≫だね」

「なるほど。≪正義の剣≫は、どんなクランなの? 大手クランだし、私も名前くらいは知ってるんだけど」


 お姉ちゃんは、俺の説明をフンフンと聞きながらメモを取っている。

 かわええ。


「≪正義の剣≫は、犯罪を行うエクスプローラが後を絶たず、それを取り締まる法や組織がまだ確立されていない時に設立した組織で、不良エクスプローラを取り締まろうって集まった古参の大手クランだよ。実際に、協会からもそういう取り締まり依頼が多くて、悪い噂を聞かない組織だね」


 俺はあいつら、嫌いだけど。

 絶対、助けた女子をお持ち帰りしてると思うね。

 ああいう良い子ちゃんに限って、裏では汚いことをしてるに違いない(偏見)。

 

「じゃあ、≪正義の剣≫に入ったら、私たちもそういうエクスプローラを取り締まらないといけないのかな?」

「いや、さすがに学生にそんなことはさせないと思うし、協会が認めないよ。≪正義の剣≫は、ここのところ、ダンジョン攻略に力を入れてるからそっち方面だと思うよ」

「そっかー、ダンジョン攻略なら、今とあまり変わらないのかな?」


 お姉ちゃんは持っていたペンを口につけ、首をかしげた。

 やっぱりかわええ。

 

「だと思うよ。クランに入るメリットは、効率的なレベル上げやスキル構成を教えて貰えることかな? 人数も多いし、情報量がダンチだし」

「デメリットは?」

「デメリットは、単純に人間関係だね。人数が多いとやっぱり多少の争いはあるし、パーティー単位での競争みたいになって、他のパーティーを蹴落とそうとすることもある。まあ、学生相手にそんなことしないし、したヤツは除名だろうけど。どんな世界にも悪いヤツはいるからねー」


 俺のことじゃないぞ。

 そういうヤツを返り討ちにしたことはあるけど。


「なるほどね。やっぱり評判の良いクランでもそういうのはあるんだ」


 お姉ちゃんが神妙な顔で悩んでいる。

 悩んでてもかわええ。


「まあ、そんな難しく考えなくてもいいと思うよ。学生の時にクランに入ったところで、卒業後もそのクランに入らないといけないわけじゃないから」

「そうなの?」

「うん。そもそも学生の時に組んだパーティーで卒業後も活動する人は少ないよ。皆が皆、プロのエクスプローラになるとは限らないしね。お姉ちゃんのパーティーにしても、お姉ちゃん達が卒業する時って、中等部のホノカやアカネちゃんは、まだ学生でしょ? お姉ちゃん達がエクスプローラの正式免許を取得して、さあ、これからって時にホノカやアカネちゃんの卒業を待ってられないでしょ。そういう場合は、大抵、卒業と同時にパーティーを解散するね」


 他にも、学生の時は目立たなかった才能や実力の差が目立ち始めることで解散するケースも多い。

 

 仲良しグループでパーティーを組むが、徐々にパーティー内の実力格差が広がっていくのは良くあることだ。

 それでも、学生の時は、人間関係などが複雑に絡んでいるため、解散しない。

 しかし、卒業時はそういう不良債権を清算するには、良い機会なのだ。


 世知辛いね、まったく。


「じゃあ、何で私たちを誘ってきたのかな?」


 お姉ちゃんがかわいいからじゃない?

 

「まあ、青田買いというか、早めに唾をつけておきたかったんじゃないの? 向こうもお姉ちゃん達のパーティー全員が卒業後も入ってくれるとは思ってないよ。お姉ちゃんのパーティーって、特別職が多いんでしょ? 特別職はどこも欲しいからね」


 ちなみに、俺も特別職である。

 あれ? 誘いが全然ないぞ。

 何故だ!?

 ……≪レッド≫だからですね。

 わかってますよ。


「なるほどね。ありがとう、ちょっと皆で相談してみる」

「あ、1つアドバイスすると、嘘でもいいから、他のクランにも誘われていることを、仄めかしたほうがいいよ。待遇が良くなるから」

「あのね、ルミナ君、嘘は良くないよ」


 お姉ちゃんは、天使の笑みを浮かべながら言って、部屋を出て行った。

 

 いや、自分を高く売るテクニックなんだぞ。



 


攻略のヒント

 ダンジョンに入る時、体の一部が触れている人間はパーティーメンバーとして認識される。

 ただし、制限人数は6人までであり、6人を越えている場合は、パーティーとして認識されないので注意が必要である。

 

『はじまりの言葉』より

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