第004話 実家に帰る……いやだなー


 協会から帰る途中、スーパーで食材と炭酸飲料を買い、自宅に帰った俺は、去年、奮発して購入した自慢のダブルベッドに腰かけ、一息ついていた。


「さすがに6連勤は疲れたわ……」


 俺は買い物袋から350mlの缶を取り出すと、プルタブを上げる。

 すると、プシュっと炭酸飲料独特の爽快音が部屋に響いた。

 缶に口をつけ、一気に飲み干すと、炭酸の刺激と、ホップなのど越しが、疲れた精神と体に幸福感を与えてくれる。


「適度の運動と十分な水分補給。実に健康的だなー」

 

 俺は空いた缶を目の前のコタツ机に置くと、スマホを取り出す。


「今日の成果を合わせれば、目標金額に到達するはずだ。えーと……よし! 目標達成!」


 俺はこの1ヶ月弱、ハードスケジュールでダンジョン攻略をしていた。


 先月、川崎支部の寮からこの家に引っ越し、東京本部に編入をした。

 今、住んでいるのは、東京本部の寮ではない。

 去年までは中学生であったため、寮しか入れなかったが、義務教育を終えた俺は、寮ではなく、平屋の一軒家を借りていた。

 

 ダンジョン学園は、国から補助が出るため、ダンジョン学園の学生であれば、寮は無料である。

 しかし、俺は中学の時の寮生活の規律や共同風呂に嫌気がさしていたため、寮には入らず、学園の近くにある一軒家を借りたのである。


 良い物件があったものだ。

 これもランクやマイちんのおかげだな。


 寮に入らないことをマイちんに相談したら、マイちんがすぐに色々な物件を調べてくれたのである。

 本来、この時期はロクな物件がないだろうが、マイちんの力と俺のランクのおかげで、お高くはあるが、かなり良い物件を借りる事ができた。


 まあ、大家は俺の≪レッド≫を見て、かなり嫌そうではあったが……


 しかし、マイちんの説得と、俺が向こう3年間の家賃を一括払いしたら、しぶしぶ了承してくれた。

 この家は2LDKの一軒家であり、平屋ではあるが、庭付きであり、1人で住むには十分に広い。

 一人暮らしであることを考えれば、もう少し狭くても良いが、俺はエクスプローラである。

 

 エクスプローラは、どうしても装備品やアイテムなどが多く、場所が必要なのである。

 一応、アイテムボックスや魔法袋などもあるが、そこに入る量は限られているため、足りない場合は倉庫を借りることが多い。

 

 金のない低ランカーは、共同で資金を出し合い、倉庫を借りるのだが、やはりトラブルが絶えない。

 俺も中学の時は、パーティーで倉庫を借りていた。

 しかし、あれが失くなった、お前が盗んだんだ、とケンカばかりであった。

 何故なら、ウチのパーティーメンバーは全員が盗みそうなヤツであったからだ。


「かなり支出したが、これも先行投資だ」


 俺はこの家を気に入っている。

 立地的にも、学園と協会の中間にあるうえ、近くにコンビニやスーパーもある。

 家の内装に関しても、きれいで広い。

 

 俺は基本的に、この10畳のリビングで生活しており、他の2部屋は装備品とアイテムの倉庫代わりとなっている。

 リビングの中央にコタツ机があり、他にも、テレビやパソコン、ベッド、本棚を置いているが、圧迫感もなく、快適である。


 俺の持論だが、エクスプローラはプライベートを充実させ、十分な休息を取る必要があると思っている。

 ダンジョンに潜り、あの不気味な洞窟で、モンスターと戦う。時には、ダンジョン内で一夜を過ごすこともある。

 そのストレスはかなりのものである。

 

 エクスプローラを続けられる条件で最も重要なものは、このストレスをどう発散するかだ。

 

 俺はエクスプローラを6年続けてきて、多くのエクスプローラを見てきたが、成功するエクスプローラはその辺が上手い。

 

 中には、ダンジョン内の食事を充実させるために、料理スキルを取ったパーティーのリーダーもいた。

 最初は貴重なスキルポイントを無駄にしたと、皆が馬鹿にしたが(俺も馬鹿にした)、結果的に、そのパーティーの士気は上がり、今でも、第一線で活躍している。

 

 逆にダメなエクスプローラは、ダンジョン攻略に夢を見過ぎているヤツである。

 夢を見ることは悪いことではないが、ちゃんと現実を見ていないと、夢と現実のギャップで潰れていく。

 

 ダンジョンはアニメやゲームのようにきれいなことばかりではないのだ。

 というか、エクスプローラはキツい、汚い、危険の3Kである。

 実際にエクスプローラになり、そういう部分で挫折する人間は結構いるのだ。


 

 俺はベッドの上で大の字となり、スマホを眺めながら、休息を取っていると、すでに8時を回っていることに気づいた。


「明日は朝から実家に帰らないといけないから、早めに休まねーとな」


 俺はベッドから起き上がり、キッチンに向かい、料理を作った。


 俺は自慢じゃないが、寮に居た時から自炊していた。

 川崎の寮部屋にはキッチンが備え付けられていたが、普通の寮生は、食堂で食べる。

 まあ、寮に食堂があるのに、自炊する中学生なんかあまりいないと思うが、俺はその例外であった。

 

 俺が親元を離れて寮に入る条件は、きちんと自炊することであった。

 母親が料理教室の先生であったこともあるだろうが、やはり、だらけないようにするためのようだ。

 よく分かってらっしゃる。

 

 ちなみに、寮に入る時も揉めたし、今回の一人暮らしも、かなり揉めた。

 明日は日曜日であり、両親が家にいるので、その話し合いの続きをしないといけない。

 面倒くさいが、両親には、かなり迷惑をかけてきたので仕方がない。


 俺は作った料理をテーブルの上に置き、晩飯を食べ始めた。


「うめーな。さすがに3年も自炊してりゃ、上手くなるものだな」


 自炊に関しては、最初の頃は、失敗続きであり、よく母親や食堂のおばちゃんに教えてもらったことを思い出す。


 始めはマジで面倒くせーと思っていたが、続けていくうちに面倒な気持ちもなくなった。

 今では、自炊することが当たり前だし、昼飯も自作弁当である。

 俺はやればできる子なのだ。


「ごちそうさま。ハァ……風呂に入って寝るか」


 明日のことを考えると、若干、憂鬱な気持ちになるが、こればかりは避けられない。


 俺は洗い物をした後、風呂に入り、汚れと共に1日の疲れを洗い流すと、強烈な眠気がまぶたにのしかかってきた。

 俺は風呂から上がると、ベッドの魔力に抗えずに意識を手放した。




 ピピピピ……


 俺の耳に不快な機械音が聞こえてくる。

 しかし、意識と体が上手につながっておらず、体が思うように動かない。

 

 ……うるせーよ。

 

 俺はスマホはどこかと、手探りで探すが、見つからない。

 そうこうしている間も、不快な機械音は鳴り続け、俺の機嫌が徐々に悪くなっていく。


「くそっ!」


 俺は勢いをつけて、起き上がると、不快な音が鳴っている方を見る。

 いつもは枕元に置いてあるはずのスマホが、机の上で音を出している。


「ああ……寝落ちしたのか。疲れてたからな」


 俺はまだ肌寒い春の朝の空気を感じながら、机の上のスマホの目覚ましを切った。

 スマホの時計を見ると、朝の6時となっている。


「なんで春休みに早起きすると、こんなに損した気持ちになるのかね」


 これが楽しいデートの日であれば、こんな気持ちにはならなかっただろうな。

 彼女、いないけど。

 

 俺は高校生活で彼女を作ることを決意をしたところで実家に行く準備を始める。


 まあ、準備といっても、着替えて、千葉土産を持っていくだけだ。


 なぜ千葉土産かというと、実はダンジョン学園東京本部は、東京と名前が付いているが、東京ではなく千葉にある。

 某遊園地や空港みたいである。

 

 ダンジョン学園は、エクスプローラ育成機関であるため、適度な攻略難易度のダンジョンが近くにある必要があった。

 実際、各地のダンジョン学園は、そういった優しめのダンジョンの近くにある。

 俺が現在攻略中のロクロ迷宮も難易度的には、かなり優しいダンジョンである。

 

 だが、東京都内には、そういった適度なダンジョンがなかった。

 そこで、そこそこ東京に近い、千葉のロクロ迷宮に協会の本部とダンジョン学園を置いたのである。

 

 ちなみに、なぜ学園なのに本部、支部と呼ばれているかというと、学園の正式名称は国立第〇ダンジョン学園(〇の部分には数字が入る)である。

 東京本部であれば、国立第1ダンジョン学園、川崎支部であれば、国立第4ダンジョン学園が正式名称である。

 しかし、この学園名では、どこなのか、さっぱり判らない。

 よって、皆、最寄りの協会名で呼ぶのだ。

 

 実際に、学生やエクスプローラだけでなく、学園の教員や協会の人間も本部、支部と呼んでいる。

 名前つけたヤツ、誰だよ。

 

 俺は着替え終わると、土産の袋を持ち、自宅を出る。

 ちなみに土産は、表紙に『千葉魂』と書かれたピーナッツ型のチョコレートである。

 買うときは面白いと思ったが、冷静に見るとないな。

 センスねーわ。


 時間はまだ朝の7時。

 日曜の朝だというのに人が結構いる。


 俺は駅のある協会方向に歩き出すと、周囲にはおそらく学生であろう若い男女のグループがちらほらと見える。


 これからダンジョンか?

 朝も早くからご苦労なことだ。


 俺はこんな早くからダンジョンに入ったことはない。


 そんなフレッシュ(?)な連中を無視し、駅に到着すると、切符を買い、電車を待つ。


 実家は電車で40分くらいだから、8時には家に着くか。

 両親は起きているだろうが、姉は起きてるかな?

 妹は寝てるな。

 これは間違いない。


 俺の家族は、両親と1歳上の姉、1歳下の妹の5人家族である。

 ちなみに、母親、姉、妹の女性陣とは、血がつながっていない。

 姉が小学校に入る時に、今の両親が再婚し、新しい母親とともに紹介されたのが姉と妹である。


 俺の生母は、俺が2歳の時に亡くなったらしい。

 正直、生母のことは覚えておらず、写真でしか知らない。

 新しい母親は、父親が仕事で不在の時に晩御飯を作りにきてくれた人であった。


 当時は疑問にも思わなかったが、今考えると馴染みやすくするための策略かもしれん。

 うん、見事に策略にハマったな。

 

 新しい家族が出来ると、家の生活が一変した。

 今まで1人でいることが多く、さみしかったのだが、家族が3人増えたことで一気に騒がしくなった。

 

 本当に家が明るくなったと感じたことを覚えている。


 俺はそんな昔を思い出しながら、到着した電車に乗り込む。

 早朝のため、電車内にあまり人はいない。

 

 俺が空いていた席に座って待っていると電車が動き出した。

 電車特有の振動に身を任せながら目的の駅への到着を待つ。


 しばらくすると、電車が駅に到着した。

 俺は荷物を忘れてないことを確認し、電車から降りる。

 そして、駅を出ると、昔からあまり変わらない街並みに安堵した。

 懐かしいような感じがするし、帰ってきたなと思う。

 まあ、実際には、頻繁に帰ってきているので懐かしいも何もないのだが。

 

 俺は近くにいたタクシーに乗り込み、実家の場所を告げる。

 

 実家は駅から10分ぐらいである。


 車の窓越しに、昔から変わらない風景を眺めていると、タクシーが実家に到着した。


 俺はタクシーから降り、実家を見上げる。

 実家は2階建ての一軒家だ。

 両親が再婚し、5人家族になる際、家を新築したのだ。


 帰ってきたなー。

 しかし、これから面倒くさい話し合いだなー。


「よし!」


 俺は気合を入れ、実家のドアを開け、声をかける。


「ただいまー」



 


攻略のヒント

 エクスプローラ協会が認定した免許証がなければ、ダンジョンに入ることはできない。ただし、ダンジョン学園の学生であれば、仮免許証が発行され、一定の条件内であれば、入ることができる。

 ダンジョン学園は第1~第9ダンジョン学園まであり、それぞれ、中等部、高等部がある。高等部を卒業すれば、正式にエクスプローラの免許証を得ることができる。

 卒業後の進路は、プロのエクスプローラやダンジョン大学に進学する者が多い。

『ダンジョン学園HP 入学希望者へ』より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る