第41話「花火が綺麗だ①」


 翌朝、甚平にパーカーを羽織りながら涼音の家の前で待っていると。

 時間丁度、扉が開いてよく聞く声がした。

 

「——先輩、お待たせしましたっ」


 声が聞こえて、いじっていたスマホを仕舞いながら、

 そう言えば、今日は最初から浴衣を着ているんだったな。

 ――と、ふと思い出す。


 少し楽しみだな。そう思ったところで中から涼音が出てきた。


 ふわりっ。

 といい匂いが香り、目の曇りが晴れていく。

 

「ど、どうでしょうかねっ……」


 少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながら頭をポリポリと掻いている彼女。

 扉の向こう側から出てきたのはそんな可愛い仕草をする俺の後輩だった。


「き、綺麗だ、よ……」

「あ、ありがとうございますっ! えへへ……」


 嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに頬を赤くしている姿もとても可愛い。


 水色の水玉模様の浴衣に、足元には現代デザインの動きやすそうな下駄。

 そして肩から下げている小さな布巾着袋。

 いつもより抑えられている胸元のおかげか少しだけ幼く見える。


 美しさと綺麗さ、それでいてどこか幼い可愛さが垣間見えて胸が躍る。


 ――何より、何時しか、どこかであった気がする。

 

 ……いや、違うか。

 きっと、気のせいだろう。


「えへへぇ……先輩に綺麗だ、なんてぇ……うぅっ!」

「ちょっ、え、何で泣いてるの⁉」

「だって、だって! 先輩にようやく褒められたのでっ……う、嬉しくて……っ」

「いや、って……俺、褒めたことあんまりなかったっけ?」

「綺麗だなんて言われたのは初めてですよぉ……! それに、いっつも先輩冷たかったですし……今日のはこう、狼狽えていながらだったので……えへへぇ」


 涙をぬぐいながら頬が垂れるばかりに喜んでいる姿を見て、少しだけ罪悪感が芽生える。


 俺はそこまで褒めていなかったのだと思うと、涼音の事が好きだと気づいた今だとかなりひどいことをしていたなと感じてならない。


 まぁ、気づいていなかったと思えば仕方ないし——当の本人は嬉しそうなので良しとしようか。


 と、いうよりも——だ。


「——こ、これを使え。泣いているあと、見えたら悪いだろ」

「……あ、ありがとうございますっ」

「あ、あぁ。す、涼音の顔は……その、えと……」

「……んすっ…………えと?」

「えと……うん、そ、その……あれだ」

「は、はい……?」


「————や、やっぱなし! とにかく行くぞっ、遅れるから!」

「えっ——ちょっと先輩!! どうして、言ってくださいよぉ~~」

「いい! とにかく後だ、後! ひとまず大学行くぞ!」


 ほんと、危ない。

 さすが涼音だ。何かと自分のペースに持って行こうとするんだからな。

 





 ――可愛いですよね? 綺麗なんですよね?


 なんて張り切りながら言ってくる涼音をのらりくらりと交わしながら大学に着くと、ふんいきはやはり昨日とはまた打って変わっていた。


「うわぁ! なんか、先輩! 今日すっごくないですかぁ!」

「まぁ、花火の日だけあってからだな」

「昨日よりも人多いし! それに、皆そわそわしている感じがしますっ」

「この辺じゃ中々ないイベントだから当たり前だよ。それに、涼音も来たことあるだろ?」

「え、まぁありますけどっ——私が行ったのはその、三日目あたりだったので」

「そうなのか……」

「でも、今年は先輩と来れてすっごく嬉しいですよっ?」

「……あぁ、ありがとな」


 隣を歩く涼音の表情も昨日よりも明るく輝いている。


 実際のところ、特にサークルの出し物とかが変わっているわけではないが花火もあるおかげで皆の表情もどこかむずむずしてそうだった。


 もちろん、俺や涼音のように浴衣を着ている人もいるし、昨日の5倍ほど家族づれや中高生、他大学の学生に教授までとかなり賑やかで盛り上がりを見せている。


 こんな朝早くにも関わらず、そこまでの盛り上がり様を見ると涼音のように楽しくなってしまうのも分かる気がする。


「よしっ。涼音っ」

「なんですかっ?」

「せっかくこんな格好になったんだし、昨日よりも祭りっぽいものをしようか」

「——祭り! 金魚すくいとか、スーパーボールすくいとか、ヨーヨー釣りもありますかっ?」

「あぁ、多分あるぞ? なんならお化け屋敷だって」

「い、行きたいです! ……お化け屋敷で胸くっ付けて……抱き着いちゃうとかできますしっ!」


 心の声が漏れてるぞ。

 正直、もう驚いたりしないけど。というか相変わらずの欲望だな。

 


「ほんと、何言ってんだよ……んっ」


 というか、胸?

 待て、そういえばこの前のやつ、大丈夫か。

 下着を着けてないなんてことないだろうな。


「おい、胸……」

「胸?」

「あ、いや——そうじゃなくてだな。こっちこい」

「は、はいっ?」

「下着は、着ているよな?」


 さすがに周りに聞かれるわけにもいかないため、耳とで囁くように語り掛ける。

 すると、驚いたのか涼音は目を見開いて、理解したのかいつも通りの企んだ笑みを見せた。


「……っな、なに聞いてるんですかぁ~~もしかして脱いでほしかったんですかぁ?」

「ば、馬鹿! んなわけあるか! ちゃんと着てるか確認したかったんだよっ」

「あははっ! かわいい~~。しっかり着てますから安心してください?」

「そ、そっか……それならよかったよっ」

「えへへぇ……ほんと、先輩は可愛いですね!」

「——うっさいわ。とにかく行くぞ」

「はいっ!」



 そうして始まる大学祭二日目。

 俺は嬉しそうに笑う涼音を楽しませるべく、色々なところへ連れて行った。無論、お化け屋敷ではお化けが怖くなくなるほどに抱き着かれたことは誰にも言わないようにしよう。


 ほんと、あれは刺激が強すぎだ。

 浴衣の下の暴れん坊の巨乳がこれはもう柔らかすぎてもう……うん。


 これ以上感想を言うのはやめにしようか。




 ということで、時刻は18時。

 花火大会まで残り30分。

 場所は大学東側、教育棟に隣接した大規模グラウンド。


 場所取りが始まり、人がどんどんと押し寄せてくる中、俺は彼女を連れてグラウンド外にある理工学部の屋上に来ていた。


「あ、あの~~グラウンド行かなくていいんですか?」

「ん、あぁ。こっちの方が見やすいからな。先輩から教えてもらったけど」

「そ、そうなんですか?」

「グラウンドからだと見上げる感じになっちゃうしな。まぁ、あっちだと屋台があるから悪くはないんだけど。ただこっちは人も少ないし、集中して見れるから来たんだが嫌だったか?」


 俺が意地悪にそう言うと、涼音はぶるぶると頭を振った。


「ま、まさか! 別にそんなことないです! た、確かに……人少ないですし落ち着くのでこっちがいいです! (抱き着けますし……)」

「ん、まぁそれならよかったよ」

「は、はいっ!」


 なぜだか赤くなった頬。

 少しだけ視線を逸らして頷いた。


 とはいえ、本当に静かだった。


 下はあそこまで賑やかだったというのに、こっちはとても閑散としていた。いや、言い方が悪いか。静謐か? いや、静寂……それも何か違うな。


 まぁいいか。

 とにかく心地の良い静けさだった。

 隣には沈みゆく夕暮れを見る後輩。


 去年は先輩に連れられて見たが今回は自分が先輩になったのだと考えると感慨深い。


 綺麗な後輩が微笑みながら夕暮れを見つめている姿がどことなく――


「あの、先輩。どうかしましたか?」

「——ん、いや。な、なんでもない」

「そうですか? 見惚れていたなぁと」

「……いや、別になんでもないよ」

「な、ならいいですけど……」


 ——どことなく、どことない。

 実際、よく分からないな。


「——先輩、楽しみですねっ!」

「ん? ……そ、そうだなっ」


 笑顔を見せる。

 そうして、すぐに――花火が打ちあがった。


 



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