第7話 スープを作ってみた

「お、戻ってきたな?」


 茂みが揺れる音がしたかと思うと、テレサが姿を現した。


 泥の汚れがすっかり落ち、髪がしっとりと濡れ、ローブの間から覗くスカートが太ももに貼り付いている。


 おそらく、まだ乾いていないうちに身に着けているのだろう。


「こっちにきて火にあたるといい。もうすぐスープも完成するからな」


 彼女がいない間に水を汲み、火を起こしてスープを作っていたのだ。


 テレサは俺の言葉に頷き、素直に近づいてくると、杖を地面に突き差しそこにマントを掛けた。


 両手を前に出し、焚火で暖をとるとホッとした表情を浮かべる。


「流石に夜は冷え込むからな、風邪をひかないように身体の中から暖めるといいぞ」


 そう言いながらコップにスープをよそい、渡してやる。


 彼女はコップを受け取ると御辞儀をする。そして「ふーふー」と息を吹きかけてからそれを啜った。


「味付けは干し肉と塩だけだが、その辺に生えてた食べられる植物も入ってるから結構腹いっぱいにはなるとおもうぞ」


 コクコクと頷く。俺も自分が作ったスープを飲むのだが、先程まで冷えていた身体が内から暖められていくのを感じた。


 焚火を挟んで向かい合っているせいか、彼女の瞳に焚火の揺らぎが映っている。


 ふと目が合うと、これまでよりも穏やかな瞳で俺を見つめてきた。


 彼女は指を動かすと空中に何やら書き始めた。


『あなた何者なんですか?』


 魔法の応用なのか、彼女がなぞった部分が光っていて文章になっていた。


「何者って? どう見てもごく普通の冒険者だろう?」


 これまで彼女は一度たりとも声を出さなかった。コミュニケーションをとろうと思えば筆談もできたのだろうが、それすらない。


 てっきり、線を引かれているのだと思っていたのだが、どういう心境の変化だろうか?


『普通の冒険者はもっと常識があります。あなたはデリカシーというものがありませんので、普通と言われると困惑してしまいます』


 光を消すことができないのか、少しずれた場所に文章を続ける。


「そうは言ってもな、俺にとってはこれが普通なんだから仕方ない」


 彼女は「むぅ」と頬を膨らませるとじっと俺を見続けていた。


『あなたは、どうしてそんなに強いのですか? それだけの強さがありながらなぜCランクなのですか?』


 続けざまに質問がされる。


「これは、生まれつきの体質だからな。いつもこの力で戦うわけでもない」


『……体質。ですか?』


 話し始めてみれば、テレサはわりと気さくな性格のようだ。

 

 今だって会話をしつつ徐々に俺の方へと近付いてきている。


 俺はここでふとあることに気付いた。


 普段テレサはマントを身に着けているのでじっくり見る機会がなかったのだが、今は洗って乾かしている最中なので身に着けていない。


 俺はじっと彼女の身体に視線を向ける。彼女は小柄なわりにある部分が育っているので視線が吸い寄せられてしまうのだ。


『あの……もう少し詳しく、その体質とやらについて……、ところでどこを見ているのですか?』


 いよいよ至近距離まで詰められた俺は、


「ああ、意外とあるなと思って見てたんだ」


 そう言って彼女の胸を指差す。


 テレサは両手で胸を抱いて俺から見えないように距離を取った。


『変態』


 短くそう書かれた。これまでもこういう視線を向けられてきたことがあったが、彼女の心の中までは覗けなかったので知ることがなかったのだが、今夜はテレサが文字で示してくるのでどうしようもない。


『くしゅっ!』


 焚火から離れたので寒くなったのだろう。彼女はくしゃみをした。


「ほら、泉で水浴びしてたんだろ? 服も完全に乾いてないみたいだし、もっと焚火の近くにいた方が良いぞ」


『お気遣いありがと……って、なぜそのことを知っているのですか?』


「戻ったらテレサがいなかったからな。探しに行く途中で泉を発見して、気配でテレサもいることがわかったんだよ」


 彼女の目が吊り上がる。誤解は解いておこう。


「一応言っておくが、覗いてはいないぞ。いるとわかってるのに確認まではしないさ」


 彼女は疑わしそうな目で俺を見る。


『そう言えば、あなたの服も汚れが落ちている。もしかして……?』


「ああ、俺もあの泉で身体を洗ったんだよ」


 真実を告げると、彼女はまじまじと俺を見た。そして顔を赤くすると口をパクパクさせる。


 唇を読んだ感じだと『い、一緒になんて……そんなの……』と言っているように見える。


 やがてテレサは落ち着きを取り戻したのか俺を見ると、


『疲れたので寝ます。こちら側に絶対に近付かないように』


 どうやら振り出しに戻ってしまったようだ。彼女は俺に背を向けるとマントを被り寝てしまった。


「残りのスープを飲んじまうか」


 俺は鍋を空にすると、焚火に薪をくべ夜空を見上げるのだった。

 

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