2-4話



◇◆◇◆◇



「はぁ、どうしよう……」


 離れに戻った華は、障子を開け放ったまま頭を整理していた。

 勇気を出して嫁入りは嫌だと告げてみたものの、意にも介さずに却下された。

 組長の中で華が嫁入りするのは決定事項。

 あとは、相手が狛夜と漆季、どちらになるかが問題なのだ。

 こんなえない人間を嫁にと欲するのは、華が翠晶の持ち主──安倍晴明の子孫だからである。

 鬼灯組の本来の役目を果たすために華を嫁入りさせ、組にとどめておこうという目的は理解できる。でも、当の本人である華が断っている上、組員も反対しているのに、なぜ強制されなくてはいけないのだろう。


(わたしが安倍晴明の子孫だとして、その意見が無視されるのはどうして?)


 殺して奪わないだけ優しいのかもしれないが、どうしてもモヤモヤしてしまう。

 それに、好きでもないのに花嫁にと乞われても悲しいだけだ。


(組長さんは、嫁入りはわたしにも利益がある話だって言っていたけど、それも本当かどうか分からないし……)


 ようかいの恐ろしさと、極道の抜け目のなさは、もう十分に味わっている。

 このまま嫁入りすれば、かざきりばねを切って飛べなくしたかごの中の鳥のように、離れに幽閉されて一生を送る可能性もある。

 愛のない結婚を空しく感じるのは、華が人間だからだろうか。

 どうせなら愛し愛される相手と添い遂げたいと思うのは、華が幼稚だからだろうか。

 どう取られてもいい。愛もいたわりもない相手と夫婦にはなりたくない。


「やっぱり、あやかし極道と結婚なんて無理。玉璽を見つけるまでに、何とかあきらめてもらわないと……」

「ふうん。また逃げるつもりなんだ?」

「ひゃあっ!」


 びっくりした拍子に、しびれた足が限界を迎えた。

 畳にひっくり返った華を見て、外廊下に立っていた狛夜はクスクス笑う。


「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけれど、近くにいるのに気づかないから意地悪しちゃった」


 狛夜は、華を抱き起こすと、もつれた髪を指ですく。

 光沢のあるベストを身に着けて、ジャケットを肩かけしたスタイルは、せいぜいホストが関の山。妖怪にはとても見えない。


「ねえ、デートしない? 生活用品の買い出しも兼ねてどうかな?」

「外に出てもいいんですか!?」


 外出のお誘いに、華はぱっと顔を明るくした。


「それなら買い物ではなくて、住んでいたアパートまで連れて行っていただきたいです。日用品や服は使っていた物がありますので」

「アパートに戻っても何もないよ。君が暮らしていた部屋は解約したからね」

「はい?」


 きょとんとする華に、狛夜はまぶしいくらいの笑顔で告げる。


「大家に『結婚準備のためにどうせいするんです』と伝えたら、よろこんで掃除を手伝ってくれたよ。不要品は捨ててくれるっていうからお願いして、貴重品だけ持ってきたんだ。確認してみて」


 狛夜の後ろには、小さな段ボール箱が一つ置いてある。

 確認するまでもなく着替えは入っていないだろう。

 残金わずかな通帳はありそうだが、なにせ貴重品の判定が厳しいので、底が見えても横着して使い続けていた化粧品は入っているか怪しい。

 根回しの速さに、華の頭はズキズキと痛んだ。


「私物を持ってきていただいて大変ありがたいのですが、勝手に解約されたら困ります……」

「どうして? これから鬼灯組で暮らすのに必要ないよね。それにどの道、退去しなければならなかったよ。近いうちに建て替えて、今の二倍は賃料を取るつもりなんだって」

「そんな〜!」


 格安の家賃にかれて入居した築五十年のアパートは、幽霊が出そうなオンボロだったが、就労ビザを持った外国人が多く入居していてにぎやかだった。

 寂しくなくて気に入っていたのだが、賃料が二倍になったら華の財力では住めない。

 ぐったりとうな垂れる華を、狛夜は面白そうに笑い飛ばした。


「僕のお嫁さんになれば不自由はさせないから大丈夫。さ、行こうか」

「はい……」


 華は、ぺたんこの財布をポケットに入れて、着の身着のままで庭に下りた。

 パンプスを履いた足が寒くて身震いすると、狛夜がジャケットを肩にかけてくれる。

 裏門にはクーペ型の白いイタリア車が横付けされていた。自分では一生買えそうにない高級車にぎょっとした華は、汚さないよう慎重に乗り込む。

 狛夜の運転で二十分ほど走ると、下町風情あふれる景色は高層ビル群に変わった。

 全面をガラスで覆われたビルは鏡のように空を映し、抜けるような青を隣のビルに反射する。コピーされた空は互いに照らし合い、狐が化かし合っているようだった。

 ビル風を乗りこなす白い鳥を見上げているうちに、車は高級ホテルの駐車場へ入る。


「ど、どうしてホテルに?」

 華が問いつめると、係員にスマートキーを渡していた狛夜は、不思議そうにまばたきした。


「買い出しだから?」

「えっと?」


 どうも会話がみ合わない。

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