1-2話


「きゃっ!」

「この子は屋敷に連れて行く」


「「え!?」」

 華とリーゼントの声が重なるも、そのまま華は車の後部座席に乗せられる。


「ちょ、ちょっと! 降ろしてください!」


 わけが分からないまま発進した車は、繁華街のビルや住宅の間を凄まじいスピードで走り抜け、しっくい塗りの塀が続く一本道に入った。

 塀の終わりが見えなくて不安になってきた頃、ようやく立派な門にたどり着く。

 防犯カメラが大量に設置されたシャッターをくぐり、コンクリート敷きのスロープを上っていくと、小高い丘の上には、黒い瓦を張った純和風のお屋敷があった。


「ここは……?」

 立派な建物を前にして、華の直感がカンカンと警鐘を鳴らす。


「おいで」


 しかし逃げられるわけもなく、狛夜に手を引かれて玄関に入る。

 その後ろを、リーゼントがグチグチ文句を言いながらついてきた。


「なんなんすかコイツ。その場で殴って捨ててきてもよかったのに」

「取り逃がしたのは君が悪いよ、かなづちぼう。後でお仕置きだ」

「うげえ! テメエのせいだからな!」


 墨絵が描かれたふすまが乱暴に開かれると、三十畳はあろうかという大部屋にいた男たちが一斉に振り向く。

 なぜか全員、ハイブランドのパチモノジャージやテラテラ光る安っぽい柄シャツ、太い金のネックレスを身に着けていて、揃いも揃って凶悪な顔つきだった。


(こ、殺される……!)

 華は、へなへなと腰を抜かして畳に座り込む。


「ああん、なんだ……って狛夜さん、お疲れ様です!」


 こわもてたちは慌てて立ち上がった。若く見えるが、上下関係は狛夜の方が上らしい。


「……なんだ、ソイツは」


 部屋の隅にいた、黒いタンクトップに羽織を重ねた黒髪の青年が、ポケットに手を入れて近づいてきた。

 鍛え上げた肉体の力強さとしなやかにたるんだ袖という、異色の取り合わせから目が離せない。ふわっと薫ってくる芳香も華の気を引いた。

 目の前で立ち止まった青年は、ギロリと華を見下ろす。

 鋭く切れ上がったそうぼうが長めの前髪からのぞいて、華ははっとした。

 右の額から頰にかけて刃物でつけられた傷がまたがる瞳は、色づいた秋の山より濃い深紅色だ。

 金髪の美形は記憶になかったが、こちらには見覚えがある。


(この人、もしかして……)

 ぼうっと見つめていると、青年はしかめっ面で腕を鼻にかざした。


「クセえ……。その匂い、どこのあやかしにつけられやがった」

「あ、あやかし?」

「うちから玉璽を盗んだ連中じゃねえだろうな……」


 ドスをきかせた脅し文句に、華はすくみ上った。

 前科三犯ぐらいありそうな迫力に、つい涙目になってしまう。

 蛇ににらまれたように動けない華に代わって、リーゼントが問いかけた。


「匂いってなんすか、さん。おれぁ何にも感じませんぜ?」

「感じないのは、お前が低級だからだ。なんでコイツをうちに連れてきた?」

「この女、シマ縄張りで空き巣してたガキを逃がした挙げ句、車のボンネットに傷つけやがったんですよ! テメエはいつまでほうけてる気だコラ!」

「っ!」


 グーで殴られそうになって身をすくめた瞬間、華の胸の辺りが強い光を放った。



「うぎゃあああああ!」



 リーゼントの体は吹き飛び、襖にぶつかって廊下に倒れる。

 視線を下げると、シャツの内側にさげたペンダントがみどりいろに輝いていた。


「なに……これ……?」


 手を近づけると、まるでにかざしたように温かい。

 まばゆい光を見た狛夜は、目を大きく見開いた。


「この光は──」



 ぽぽぽんっ!



 続けざまに大広間のあちこちで破裂音が鳴り、もくもくと煙が上がる。


「おいおい、何が起こってんだ!?」


 見れば、起き上がったリーゼントの頭はかなづちに変わっていた。

 他のいかつい男たちも、体が破けた唐傘になっていたり、頭だけがひょうたんになっていたり、かわいい小動物に変わっていたりする。


「えええっ!?」


 大騒ぎの彼らを見回した華は、信じられない状況に目を丸くした。

 狛夜には、大きな狐耳ともふもふのしっが九本も生え、スーツは和服に変わっていた。

 白絹の衣に金色のはかまを合わせ、鬼灯の紋が入った羽織を重ねた格好だ。

 ほどけて広がった白金色の髪と羽織のすそからはみ出た尾が、海外セレブが着るミンクの毛皮みたいにゴージャスである。


 黒い和服姿になった漆季には二本の角が生え、頰の傷があったところには赤いくまりが現れていた。

 肩にかけた布を鬼灯ほおずきの形のボタンで留め、えりもとをくつろげた黒い長着からあかじゅばんを覗かせ、さしぬきの足首をきゃはんで締めている。

 人間の姿の時には持っていなかった日本刀をくみひもで背負った姿は、剣士のようだ。


 彼らは魔物か、怪物か──少なくとも人間ではない。

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