第5話「夢心地」

「ねえねえ! 私本当に雑誌に載ってるよ!」


 香純は俺の部屋の扉を勢いよく開け、息を切らした様子で俺の方を見る。俺はと言うと特に何も身構えずベッドの上で無防備にだらーっとスマホを眺めていただけなので、正直少し恥ずかしい


「急にどうしたんだよ」

「あのねあのね、今日本屋に行ったら私が載ってる雑誌が発売されててね、思わず買っちゃった」


 なんでも、自分の雑誌が店頭に置かれていることが嬉しくて仕方ないそうで、その喜びを一番に報告すべくここまで走ってきたそうだ。別に電話でもいいのに、というツッコミは心の中に留めておいた。


「よかったじゃん」

「もう、ちゃんと喜んでよ。見せてあげないんだからね」


 香純は頬を膨らませる。この間写真で見たあの大人びた彼女はどこへ行ったのだろう。目の前にいるのはただ大きくなった小学生じゃないか。よくモデルのスカウトに声をかけられたものだ。


 俺は適当に謝罪し、香純にそのページを見せてもらった。想像通り単なる1ページの隅っこに載っているだけだったけれど、俺には他の誰よりも香純の写真が輝いて見えた。


「ホントに載ってんだな」

「だから言ったじゃん。今でも信じられなくてー」


 なんだろう、こいつのニヤケ顔を見ていると無性に腹が立つ。それでも俺は顔に出さず、興味のないふりをしてスマホに視線を戻した。


「ねえ、感想それだけ?」

「まあ、ファッションとか興味ないしな」

「ぶう、将来のスターになんてことを」


 勝手に言ってろ。それに、そんな小さなコーナーを気にする奴なんていないだろう。

 香純は構ってほしいのか、ぺちぺちと雑誌で俺を叩く。そんな風にぞんざいに扱っていいものか。仮にもお前が載っているんだぞ。


「少しは興味持て、バカ」

「そんなこと言ったってなあ」


 しかしこのまま放っておくと面倒臭い絡みをずっとしてくるかもしれない。それは嫌なので何か尋ねてやるか。


「お前はさ、今どんな感じ? その……自分が雑誌に載ってて」

「今でも信じられない。夢でも見てるんじゃないかって、そんな気分。でも、めちゃくちゃ嬉しい。なんかもう死んでもいいかもしれない」


 それだけは勘弁してほしいものだ。ふうん、と俺は返し、またスマホに目を向ける。


「ねえ、尋ねておいてそんな返事しかしないなんて、それはないんじゃないの?」

「じゃあどう返せばいいんだよ」

「すごいねーとか、そうなんだとか、もっといっぱいあるじゃん」

「それも淡白な感想だな」


 ぶう、とまたしても香純はフグのように頬を膨らませる。やはり小学生がそのまま大きくなったようだ。


「今ので怒っちゃったもんね。罰として明日1日付き合ってよ」

「はあ?」


 なぜあんなことで貴重な夏休みが潰れなければならないんだ。理不尽ではなかろうか。


「ちょっと待て、なんで俺が」

「直樹、別に明日特に用事ないでしょ?」

「そりゃ、そうだけどさ……」

「じゃあ決まりだね。明日、買い物に付き合ってよ」


 はあ、と俺は大きな溜息をつく。昔から香純はこんな風に勝手に決めてくる。それに流されてしまう俺も俺だが。外は暑いのであまりで歩きたくはないが、香純の言う通り明日は学校の課題をやる以外他に予定もないので、仕方がない。


「わかったよ。それで、何時にどこ集合?」

「えへへ。えっとね、9時に私の家の前」

「はいはい」


 その後も香純は雑誌のことを何度も何度も自慢してきたが、ここまでくると流石に鬱陶しさすら感じるようになってきた。嬉しいのはわかるが、そんな風にしつこいと誰からも嫌われるぞ。


「ねえ、ちょっとは関心くらい持ってもいいんじゃないかなあ」

「だって、お前その自慢今日だけで何回目だよ」

「いいじゃん。嬉しいものは嬉しいんだよ」


 口を尖らせる香純だったが、しばらくすると飽きてしまったのか、「帰る」と言って俺の部屋を飛び出してしまった。本当に嵐のような奴だ。


 ふとベッドの上に目をやると、あいつが持ってきた雑誌が置かれてあった。あんなに嬉々として持ってきたのに、それを忘れるだなんて。


 表紙はファッションに興味のない俺でも知っているモデルが大きく載っていた。最近だとタレント業も始めたらしく、今人気急上昇中らしい。


 俺はぱらりぱらりとページをめくっていく。どのページに映っているモデルは皆本当に顔立ちやスタイルが整っていて、そんな中に香純がいる、と思うのがなんだか不思議な気分だった。


「モデル、ねえ……」


 香純が載っている部分を見つけ、俺はページをめくる手を止めた。こうやって見ると、田舎娘らしい芋っぽさは微塵も感じられない。香純のコーディネートがいいのか、それともカメラマンの腕なのか。


「なーに見てんの?」


 突然声をかけられ、「うわっ」と反射的に肩がすくんだ。ドアの方を見ると香純がニヤニヤと俺を見てくる。


「忘れ物したから取りに来たんだけど、やっぱり私のこと気になる?」

「別に何でもないから」

「またまた、そんなこと言っちゃって」


 香純は忘れ物である雑誌を手に取り、じゃあね、と手を振った。その時のあいつの顔は酷く憎たらしいくらいにやけた顔をしていた。別にやましいことはしていないはずなのに、無性に恥ずかしくて仕方がない。どうか明日になれば忘れてくれていますように。

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