第29話

 景子に対して反応に困っていると、ずっとだんまりを決め込んでいた聡が口を開く。


「いやぁ、生まれてくる子は幸せ者だな」


 自分の言葉に深く頷いている。

 その様子を見て景子が、


「……どうしてそう思うの?」


 そう尋ねる。

 また余計なこと言って……

 光秀は今すぐ聡の口をふさぐべきかどうか悩んでいた。

 社会人になっても深く考えずに物を言う癖が治っていない。それに周りからなんと思われようと気にしないものだから改善することもない。

 一段落ついたとはいえセンシティブな問題が解決したわけではない。下手にことを荒立てないか不安に思っていた。

 その聡は、だってさ、と前置きしてから、


「もしかしたら父親が二人になるんだろ? 普通の人より二倍お得じゃん」


「お得って……」


 スーパーの特売じゃないんだから、と言葉が浮かぶが呆れすぎて口に出ない。

 それに、


「父親が二人って、子供からしたら大変だろ? 理由もわからないのに周りと違うんだから」


 光秀がそういうと、聡はただ首をかしげて、


「そうか? 俺だったらうらやましいけどなぁ」


 そういうと、軽く天井を見上げた後、


「俺んち母子家庭だったから。子供ん頃はあんまり気にしなかったけど父ちゃんっていいもんなんだろ?」


「あ、そうだったん?」


 突然の報告に思わず聞き返していた。

 聡はなんてことないようにただうなずくばかり。同じように景子もうなずいていたのはそのことを知っていたからだろう。

 知らなかったなぁ、と光秀は彼のぼけっとした顔を見ながら思う。

 聡との付き合いも長いが、家族の話は基本しない。実家が近い信一がその不平不満を漏らしたりということはあるが、それでも本人から話出さない限り聞き出したりはしない。唯一知っていることと言えば聡には兄が一人いるというくらいなものだ。

 今時そう珍しいことでもないのか、さらっと言った聡を見て思う。幸いなことに両親共に健在な光秀にとって母子家庭がどういうものかよく分かっていなかった。

 苦労はしたんだろうけど……

 思い浮かぶのはそれくらい。本人がそれ以上語らない以上は考察の余地もない。

 それよりも、

 信一、大丈夫かなぁ……

 気がかりなのはもう一人の友人の事だった。

 聡の言う通り、父親になるというのも選択肢としてはある。が、ここは日本だ。重婚は出来ないし、何より周囲、特に親からの理解は得られないだろう。

 それでもいいのは当人達だけでしわ寄せを食らうのは産まれてくる子供だ。そう考えると、

 信一は引いた方がいいよなぁ。

 恵美がどちらを選ぶかによるが早々に決意を示した顕志朗の方が良いように思える。そういう問題では無いと言われればそれまでだが。

 それにどうしても言えない解決策もある。

 中絶してしまえばいい。そうすれば問題は無くなる。

 ……なこと言えないわな。

 選択肢としては確かにあるが、口に出した途端顰蹙では済まされないことは容易に想像出来る。

 特にここにいる半数は女性なのだ。肉体的にも精神的にも負担のかかる方法を了承するはずがない。

 それにそんなことくらい景子が思いつかないはずがない。ここに至ってその事に触れないのはどう足掻いても産むと覚悟が決まっているからだ。

 光秀が思い足掻いていると、


「顕志朗、あとはお願いね」


 景子はそう言ってから、少し俯いて、


「あー、あの子も横恋慕なんて気にしないで当たって玉砕したらもう少しいい結果になったんだけどなぁ……」


 その言葉に光秀は引っかかりを覚えた。


「景子さん」


 皆が意図する所を察せない中、彼女の名前を呼ぶ。


「知ってたんですね、信一が好きなこと」


 その一言に、少しだけ眉を持ち上げて、直ぐに笑みを作ると、


「そりゃね。随分子供っぽいやり口だとは思ってたわよ」


「ならなんで言ってあげなかったんですか?」 


 問い詰めている訳では無い。ただの疑問だった。

 それを聞いて、景子は一際大きく笑う。

 それでから、


「だって、そこは男らしく告白するべきでしょ?」


 その言葉を受けて、女性陣が一斉に頷く。

 それが出来たらなぁ……

 友達と付き合っている彼女に告白なんてできるはずがない。結果がどうであれその後の関係を考えてしまうだろう。

 聡がそれを気にするかどうかは別として、信一がどうしようもなかったのは理解出来る。

 その上で、


「もし、もしも信一が告白していたら、どうでした?」


 ただの興味本位の質問に、


「言ったでしょ、玉砕って」


 拳を前に突き出して景子は空を殴る。

 その仕草に光秀は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。





 はぁ。

 タールのように粘度のあるため息をついて、光秀はベッドに寝ていた。

 話し合いも終わり、解散となった後、由希恵に一人にしてくれと頼んだ後から体勢はほとんど動いていない。

 子供、ねぇ……

 何も考えたくない気分だった。現に大したことは考えていない。

 ただただ疲れていた。首の後ろに石像がのしかかっているような重さを感じて起き上がる気力もない。

 このまま眠ろうかと目を閉じて、また薄く見開く。

 そういや、皆はどう思ってるんだろうか。

 気になるのは当事者たちにどうしてほしいと思っているかではなく、その答えを出すまでの間何をするかだ。

 景子から恵美への接触はしばらく禁じられている。精神的に負担がかかっているため、落ち着くまでの一時的な隔離が必要とのことだった。

 それも近いうちに解除となるだろう、そう光秀は考える。

 恵美はそれほど弱い女性ではないし、それまでに三人が納得する形で結論を出す、そんな身勝手な信頼があった。

 だから、それまでどうするか。別に何もしなくてもいいのだけれど、

 何かはしてあげたいんだよなぁ。

 ただ何ができるかは浮かんでいない。だからそのとっかかりでも欲しいというのが本音だった。

 相変わらず、役に立たないな。

 これといった確固たるスタンスもない光秀にとって、立場を示すということがどれほど難しいことか、ルームシェアを始めて何度も痛感させられていることだった。

 その時、

 コンコンとドアがノックされる。

 初めは不貞寝でもして無視しようと思っていた。が、思い直して、


「……どうぞ」


ドアに背を向けてそう答える。それが精いっぱいの、現状に対する抵抗だった。

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