第20話
「まだ学生だしねぇ。それに一度きりの人生なんだから何でもかんでもガチガチにやる必要ないじゃん。暫くは気楽に恋愛ってものをしたいなぁ」
そう言うと信一は体を寝かせる。
手を大きく開いて、まるでそのまま寝てしまうかのようだ。
どうしてこうなったのかな、と光秀はその様子を見ながら考える。
別に取っかえ引っ変え遊んでいる訳でもない。本人達のペースで、今のところ誰かに被害が及んですらいない。むしろ問題にしているのはこちら側である。
じゃあ気にしないでいればいい、って訳にもいかないよなぁ。
思い浮かぶのは由希恵の存在だ。受け入れ難いとはっきり意思表明している以上ストレスになっているだろう。
光秀の心情的にも彼女の味方だった。ただ信一を否定するつもりもなくて──
「みっちゃんは、僕のこと駄目だと思ってる?」
不意に問いかけられて、
「わかんねぇ。俺は普通、平凡だから荷が重い」
「いいじゃん、普通っていうのも特徴だよ」
寝たままの状態で信一が言う。
普通も特徴か、と小さく呟く。少し前ならそんなこと思わなかっただろう。けれどこうして色々な人の話を聞くうちにどこか腑に落ちる自分がいる。
だから、
「後悔はしてないんだな」
わかった上でやっている、と言って欲しい。普通でないと示して欲しい。
「まぁね。二十年、は言い過ぎか。十数年自分を隠して生きてきたんだもん。少しくらい自由にさせてもらってもばちは当たらないでしょ。普通の人はあんなにも自由なんだから、このルームシェア内位はね」
それは後半消え入りそうなほどか細くて、
「そうだな」
応対して光秀は小さく、そして長く息を吐く。
「……つらいのか?」
顔は見えないが、その言葉に確かに体が震えている。
信一は起き上がる。その表情は明るくて、
「いつも辛かったらやってられないよ。大体は折り合いつけて生きてるから。それに皆大なり小なり不満があって認められる場所を求めているもんでしょ」
そして、
「まぁ、素の自分っていうのは初めてだからちょっと恐いかな」
「ならいいさ。まぁ景子さんも言ってたけど、節度を持ってな」
景子の名前が出た時、信一の目がすっと細くなる。
本当に苦手なんだな、と光秀は思う。同時に仲良くして欲しいんだけど、とも。
でも、強制することじゃないしなぁ。
いつかは手を取って笑い合うような関係になれればいい、そのための時間はまだまだあるのだから。
その気持ちを知らない信一は口を尖らせて、
「ノッポに言われるのは気に食わないけど、了解」
そう言ってまたベッドへと身を預ける。
先程とは違って顔が見えるように横向きに寝転ぶと、いたずらに笑みを浮かべて、
「みっちゃんも今フリーなら恵美と付き合ってみれば? 恵美もみっちゃんのこと好きみたいだし」
その発言に、何を馬鹿なことをと一蹴する。
冗談でも、冗談でなくてもつまらない。
だから、
「それでいいのかよ」
短く、そう答える。
怒気混じりの声にも信一は動じずに、
「恵美はそういう人だよ。好きな人と一緒に遊ぶ、楽しみを共有する。セックスもその延長でしかない。結婚だって日本が重婚を認めているなら躊躇うことは無いだろうね」
「そうじゃない」
光秀は一呼吸置いて、
「お前はどうなんだってことだよ」
言い切る。
それを聞いて信一は目を開いて、数回瞬きをする。
そして言葉を選ぶように唇を湿らすと、
「僕、かぁ……」
息を吐くように言葉を生む。
続けて、
「よく、わかんないかな。今だって顕志朗さんがいる訳だし。でも、今は恵美がいるけど僕のことを受け入れてくれる男性が現れたらそっちと関係を持っちゃうかも。人の気持ちは縛れないからそれについては納得してもらうと思う」
「それって相手の気持ちを考えてる?」
信一が言っていることは自分の都合の話だ。恵美の特殊性だから受け入れられるかもしれないが、今後一般の女性との時にそんなことを言えばどうなるかは明白だ。
だから光秀には納得のいく話には思えなかった。マイノリティを免罪符にして行動しているように感じられて。
信一それを聞いて、ただ笑うだけだった。
そして、
「それも了承済み……ってそういうこと言いたいんじゃないよね。確かに抑圧された分だけ羽目を外してるのは自覚してるし。それが相手のことを無視してるって捉えられちゃうのは耳が痛いかな」
一呼吸おいて、
「──でもね、それって僕達だけに限った話なのかな?」
何を、と言う前に、
「だってみっちゃんだって元カレからそういうことされてるじゃん」
その言葉への正しい反応がわからず、光秀は固まる。
話のすり替えを怒ればいいのか、人の過去を揶揄することを諫めればいいのか、それとも納得して同意すればいいのか。
少なくとも信一に喧嘩を売るような意図があるとは思えない。が、先に意地汚い質問をしたのは自分だったからそれに対しての当てつけともとれる。
返答に困っていることが伝わったのだろう、信一は気にしすぎないで、と前置きして、
「自分の一番大事なところを隠して誰かと生きていくのは結構ストレスだよ。それは僕たちみたいなのじゃなくても同じ。だから今はマッチングアプリみたいなものでパートナー探しする人が増えているんじゃないかな」
「そうかもな」
「そうそう、先手先手を打って自分のことを伝えておく。それでなんか違うなって思ったら駄目でしたでいいんじゃない? そういうインスタントな時代なんだよ、今は一生の愛なんて重くて流行らないって」
じっと見つめてくる彼に光秀はただゆっくり天井を見た。
言っていることはわかる。でも、
……そりゃ少し寂しくないか?
まるでスイッチのように繋がる場所をカチカチと切り替える。恋愛とはそれほどまでに工業的だっただろうか。
メリットや打算があってはいけないと言うほど子供では無いが、あまりに夢が無さすぎる。
とはいえ、テレビドラマではいざ知れず、現実世界ではそんなことの方が多い。少なくとも学生の間では。
……なんかやだなぁ。
そう思う。それしか思うことが出来ない。
長考する光秀は、ふと笑い声を聞いた。出処はひとつしかない。
「どうした?」
「いや、神妙な面持ちってやつだったからついおかしくて」
信一は小さく体をくの字に曲げていた。
……たく。
自分なりにしっかり考えていたつもりだったのに水が差された気分になり、すっかり気持ちが萎えてしまう。
「はぁ……人の気苦労も知らないで」
「まぁまぁ」
そう言って信一は静かに力を抜いて、
「僕達、いや僕個人の勝手な考えにそこまでちゃんと向き合ってくれることには感謝してるけどね。でも理解、同意を得たいんじゃなくて内々でやってる間は見逃してくれってだけなんだ」
「そんなもんか?」
そんなもんだよ、と信一は言う。
その目に憂いはない。本当にそれ以上を望んではいないようで、光秀はそれこそ納得のいくことには感じられなかった。
結局、どっかしらで我慢しなきゃなのかな……
当然とも言える疑問が頭に残る。もっとスッキリする答えが見つかればと思うが、上手くいかないことにストレスを感じていた。
「……あーなんが話し疲れちゃったなぁ。ねぇここで寝てもいい?」
「は?」
当然の言葉に光秀は口を半開きにして答えていた。
現在信一が占領しているベッドの他に寝る場所はない。一応机と椅子はあるがそこで寝るつもりは光秀には無い。
だから、
「自分の部屋行けよ」
そう言うと信一は軽く首を振って、
「一緒に寝る?」
「狭い」
「大丈夫だよ。シングルでもいけたから」
その言葉の意味する所を考えたくなくて光秀は大きくため息を着く。
それを見て信一はなにか考える素振りを見せたあと、
「絶対何もしないから!」
はっきりと、そう言い放つ。
ネタ振りなのか本気なのか、どちらにせよ、光秀は眉間に皺を寄せ、
「帰れ帰れ」
「ちぇー」
口を尖らせてそう言うと信一は起き上がり、ドアへと向かう。
そして、ドアノブへと手をかけて、
「みっちゃん、さんきゅー」
背中越しにそう告げる。
出ていく彼を見送りながら、光秀は、
「……よかった」
小さく、そう口を滑らした。
友人として過ごしたよりもずっと短い間に知らない彼の姿を見すぎたせいで、拭いきれない不安感を光秀はずっと感じていた。
しかし、去り際の言動は光秀のよく知る姿で、
そう簡単に変わってくれるなよ。
誰にも届かない気持ちを胸に抱いて、光秀は床についた。
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