第11話 路地探検

 住宅街を横目に歩き続けていく。

 立ち並ぶのはほとんどが二階、三階程度の一軒家だったが、中には青果店や精肉店などの商店、ブティックや飲食店などがこじんまりとした個人店で営業をしていた。

 光秀にはそこに活気を感じられなかった。嫌な意味でなく、時折地元の通行客が会話ついでにちょっと買っていく、そんなゆったりな田舎然とした雰囲気だった。

 景子も同じように品定めをしながら店長と思しき男性と話をしていた。その店の看板には豆腐店と書かれている。

 今時、商売になるのかなぁ。

 男性と景子が話している間、光秀は品書きと商品を見ていた。豆腐一丁、百五十円。近くの大型スーパーの何倍もする値段だ、とてもではないが学生が普段使い出来る金額ではない。

 他に豆腐の加工品を見ていると、


「みっつー。揚げたての厚揚げあるけど食べる?」


 店内から油紙に包まれたものを両手に持って景子が出てきていた。

 それって拒否権あるのか? と思いながら光秀は手を伸ばして片方を受け取る。金額はいくらかわからないが安いものではないだろう。

 手の中にあるそれは一見してなんの変哲もない茶色く丸い厚揚げのようだ。紙越しに伝わる温度は非常に高く、上には小口切りにされたネギが少量と醤油の香ばしい香りが立っている。

 たかが厚揚げ、だが立ち上る湯気が顔に当たると食欲が喉の奥から湧いて出てくるのを光秀は感じていた。生唾を飲み、気を付けながら口に運ぶ。

 ……んまっ。

 一口かじり、歯を合わせて、飲み込む。その間に光秀の目は大きく見開いていた。ネギも醤油もその温度も、すべてが脇役。ただただ単純に厚揚げが濃厚でうまい。気づけばもう一口、もう一口とせかされるように食べ進めていた。

 熱さをものともせず、ものの数十秒で光秀は完食する。冬の寒空の下で食べたこともあって、ただの食事よりも満足感を得ていた。

 光秀は底に残ったネギまで吸い取って、食べ終わった紙を小さく折りたたむ。すると、


「おいしかった?」


 景子が微笑みながら光秀のほうを見つめていた。手に持ったものはまだずいぶんと残っている。

 ずっとみていたのか、と光秀は気恥ずかしくなる。その様子でさらにえくぼを深くした景子は大きく口を開けて、手に持った厚揚げにかじりついた。


「んー、んっまい! おじちゃん、ありがとー」


 太陽のように明るい笑顔を見せて景子は奥にいる男性へ声をかけた。奥では雑な笑い声をあげて、また来いよ、という声が響いていた。

 軽い腹ごなしも終わり、二人はまた歩き出していた。

 今度はどこへ、と光秀は横を歩く景子の動きを見ていた。依然ときょろきょろ顔を動かしている姿はミーアキャットのようだが、こんなにでかいのは嫌だ。

 と、突然、


「あっち!」


 景子が腕を引いて、通り過ぎそうになった小道へと入っていく。

 

「痛いって!」


 顔をゆがめながら光秀は抗議する。急につかまれひっぱられた二の腕に体はついていかず、置いて行かれた頭部と体の接続部分に大きく負荷がかかっていた。

 その声に振り返った景子が首をかしげていたので、光秀は空いているほうの手で首を指さす。数秒して納得したようにうなずいた景子は、二の腕をつかんでいた手を放して、そして、光秀の手を握っていた。

 ……どうして、そうなる?

 重なった手からは景子の体温が伝わってくる。冷たい手だ、ぐっと力強く握られた手をみて、光秀はそう思った。

 まずいだろう。景子は聡と付き合っているのだから。こんなところを見られたら何も言い訳ができない。

 焦る光秀をよそに、景子は歩を速めて進んでいく。駆け足のような速さに、まるで逃避行だな、と考えながら。

 それでも、つないだ手は最後まで離れることはなかった。




 路地をいくつも抜けてたどり着いた先は、人通りも車通りも多い大通りだった。

 近くには高架を電車が走り、巨大な駅舎、駅ビル、ロータリーと都会の装いを見せていた。それに伴って駅周辺の施設も充実して誰でも知っているチェーン店や真新しい洋菓子店などがあった。

 光秀には見覚えがあった。近隣でここまで栄えている場所は一つしかない。

 そこは出発点のマンションから三つ隣の駅だった。ひとつひとつの駅の間隔は田舎の物より狭いとはいえ、歩いてくるには嫌になるほど時間がかかる。が、

 ……すごい早く着いたな。

 それは駅の配置が関係していた。路線図のように簡略化されたものではわからないが大きく弧を描くように線路が走っている。そこを最短で突っ切ったので早く着いたように思えていた。

 それを地図も見ずに市街地を抜けてたどりついた景子をすごい、と思うと同時に光秀は、無駄だな、とも思っていた。

 たった二百円足らずをケチってもしょうがないだろう……

 わざわざ寒い思いをして、時間も使って節約したのがたったそれだけ。まさか帰りもなんて言わないよな、と光秀は恐る恐る横にいる景子のほうへと顔を向けた。


「とーちゃく。さて、何か飲んでかえろっか」


 横顔ににんまりとした笑みを貼り付けて、景子は歩き出した。

 いまだに手はしっかりとつながれていて、先を行こうとする景子に光秀は一歩遅れて引っ張られていく。

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