第7話 質問失言

 ピクリとも動かない彼の横に座った恵美が、


「ごめんね、二日酔いみたいで」

「こちらも、無理させちゃったかな」


 信一との会話の間、微かな寝息が聞こえていた。その様子を微笑みながら見つめる恵美は、代わりに、


「彼は竹下タケシタ 顕志朗ケンシロウ。今度四年生になるわ」


 その背中に手を置いて軽くさするようにしていた。

 その姿に光秀はなんとも言えず苦笑するしか無かった。表情、距離感どちらをとっても二人が親しい仲なのが見て取れる。ただの友達か、それとも特別な感情を抱いているかは不明だが、その空気が妙にしっくりと来ていた。

 慣れているのだろう、やり取りにぎこちなさがないのだ。その関係を築けなかった故に彼女らの信頼性が羨ましい。


「仲良いんだね」

「二年も一緒だとね」


 否定はない。する必要がない。

 照れもなくさらっと言ってのけた恵美は、


「さて、部屋を案内するわ」


 そう言って席を立とうとしていた。


「置いていくの?」


 わざわざ呼び出させてしまったが部屋に戻してあげた方がいい気がして、そう口から出ていた。

 顕志朗は未だ起きる素振りはない。時折寝心地悪そうに寝息が荒くなる程度だ。大学生になって何度か同じような体験をしたことがある身としては静かに落ち着いたところで寝ていたい気持ちが理解出来る。

 ただそれに対して、


「二人でも家事はあるから」


 掛けてある時計を見ながら恵美はそう短く切り捨てた。

 手厳しい、と思う反面、しょうがないか、とも思う。病気では無いので考慮してもこの時間までということなのだろう。

 本人には悪いかもしれないが休日にだらけている父とそれを叱る母の姿が浮かんでおかしくなって口端に笑みが浮かんだ。




 鍵付きの個室の案内が終わり一行はまたリビングへと戻っていた。個室の中はベッドと棚、机以外何も無く、床にはホコリひとつない。前入居者が私物を持って行ったため、残っているのは備え付きのものだけだった。

 どうなんだ、と思うのは水周りの事だ。

 部屋にはバストイレはなく、部屋を出て突き当たりに御手洗が二つとランドリーがあった。入口に風呂がひとつ。それを八人で回していくのは不便のような気がする。

 設備で気になるのはそこくらいかなと、光秀は話を聞く中で思って、そして自身に疑問を持つ。そもそも入居する気がないのになぜ事細かに評価しているのだろうか。聡はともかく信一は初めての一人暮らしだから変なところに住んで欲しくないにしても、過保護過ぎやしないかと考えていた。

 心中に言いようのないもやもやを抱えたまま、リビングでは家事やルールについての話になっていた。


「細かいルールとかはないの。家事は持ち回りじゃなくて基本専属ね」


 恵美がそう言って簡単な表を見せてくる。

 今は二人の名前で枠を埋めているが炊事掃除洗濯と大まかに三つ、洗濯ならば男女、掃除は場所別に細分化されていた。もうひとつ用意されていたのは献立表のようで朝昼と分けられ不必要な人は名前を書くようになっていた。

 苦手な事はやらなくていいのか、と表をみていた。料理も洗濯もたまにやるのはいいが毎日はやりたくない。風呂掃除くらいなら何とかといったところだろう。

 あとは本当に常識的なルールだけしかなかった。帰ってきたら足を洗う他、他人の部屋には許可なく入らないやら物は盗まないなど。笑っちゃうけど問題があったから明文化しているのと、恵美は呆れたように言っていた。


「何か気になるところはある?」

「ないぜ」


 そういう彼女に対して、いの一番に発言したのは聡だった。その表情から多分だが半分くらい理解していないだろうことが見て取れる。

 大丈夫か、そう不安になるがきっと上手くやるんだろうなぁという予感もする。だとするならば問題は信一のほうだ。

 神妙な面持ち、とまでは行かないが口を開かず考え込む仕草が妙に絵になる。そして、


「ちょっと気になるというか引っかかってるんだけどさ」


 そう切り出して、


「システムはよくわかったんだけど、人となりがね。そこのところ聞きたいかな」


 ……

 あぁ、頭が痛い。


「何聞いてんだよ!」

「いや、一番大事なところじゃん?」


 しれっと言う信一は無害そうな笑みを浮かべて光秀を見つめていた。

 信一の気持ちが分からない訳では無い。今のところ前評判に繋がるような事柄は見当たらないでいた。むしろ想像以上にしっかりしていて好印象すら覚えるほどだ。

 だから尚のこと不気味なんだよ。

 もちろん思いを口に出すのははばかられていた。かと言ってこのままスルーしていいかと言うとそうでは無い。話の出所をうかがっていたのは確かだが何も直球で聞く必要はないだろう。

 恐る恐る、恵美のほうに目を向ける。その表情は怒ってる、というわけではなく何かよくわかっていないような困惑といった感じだった。


「……あぁ、そんなことを気にしていたのか」


 突然声を上げたのは今の今までテーブルに顔をつけていた顕志朗だった。

 いまだ顔色悪く、視線もうつろだが、その目は信一の顔をとらえようとしているようだった。


「教えてくれるのかな?」

「あぁ」


 肩肘ついて深いため息をつく。

 顕志朗のその振る舞いはけだるさしか感じず、話すことが辛そうに感じ取れた。

 

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