第2話 振られて 後編


「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「うーん……そもそも杏子ちゃんって巽先輩とべったりじゃん? なのになんでみっちゃんと付き合ったのかそこから疑問だったんだよね」


 愛称で呼びながら信一は自分の頬を軽く掻く素振りをしていた。

 光秀はその言葉に小さくうなずく。二つ上の四年生に仲の良い人がいる。その隣を指定席のようにいつも付いていた彼女の姿はよく見ていた。ただそれについて何か言った覚えはないし、危機感を感じたことも無い。親しい人がいて良かったね、くらいにしか思っていなかった。

 告白した時も他に付き合っている人がいるとは言っていなかった記憶がある。となると、


「ま、当て馬にされたんだろうな。もしくはキープかもしれないけど」


 聡は終始笑みを浮かべていた。

 ……そういう、ことになるよなぁ。

 光秀は不思議と落ち着いていた。まだ確証はない、ただの憶測、懸念ではあるが、腑に落ちるものを感じていた。だとするならば昨日から必死になって考えていることが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 そう思うと少しだけ気持ちが軽くなった。それはそれとして、


「なんで最初の頃に言ってくれなかったんだよ?」


「相談なく勝手に告白したからだろ? それに全部こっちの勘違いってこともあるし付き合ったら一途ってパターンもある。だいたいあの幸せそうな顔に水差したって聞きゃしなかったろうしな」


 その言葉に光秀は黙る他なかった。

 静寂。

 少しうつむき加減の光秀と、その反応を見つめるだけの聡。二人の姿に信一は少しため息をついて、


「あんまり虐めちゃダメだよ。それに、あくまでも推測、予想だからね。単純にみっちゃんが悪くて嫌気が差したってことも無いわけじゃないし」


「慰めになってないよ、それ」


 可能性だからねー、と真一は笑って返していた。

 そして、


「で、みっちゃんはどうしたいの? まだ好きなの?」


 茶化すような声色から一転して、真顔で光秀を見つめていた。

 信一の言葉が脳内で反芻される。自分でも驚くほど答えはすぐに出ていた。


「うん」


「じゃあ、まだ付き合いたいの?」


 ん?

 それは同じことじゃないのか、と疑問が浮かぶ。

 それが表情に出ていたのか、信一は軽く笑みを浮かべて、


「結構違うものだよ。付き合うって相手を自分のテリトリーに入れることだからね。相手に尽くすのでもなく尽くされるのでもなく、特別なことをしてあげる必要は無いけど相手のして欲しいことは叶えてあげる。一方通行ではなく相互に尊重しあえるかどうかが大事なんだよ」


 ……

 顔が熱い。きっとありふれた事を言っているに過ぎないのだろうけれど、妙に身体の奥に収まるような感じがしていた。

 最初は好きだから何かしてあげたいと思っていた。それがいつからか嫌われたくない、落胆させたくないと思い始めていたのはいつからだっただろうか。楽しんでいる姿に嬉しいよりもほっとする事を覚えてしまっていた。そんな人間が隣にいて本当に彼女は楽しめていたのだろうか。

 そう思うと、案外本当に嫌気が差したというのも考えられる。それなのに別れないでくれというのは恥ずかしい発言だ。

 返答に困っていると、


「なんか、ムズいなぁ。別に好きで付き合ってるだけなんだからそんなに考える必要なくね?」


 聡が話し始める。その顔はつまらないと物語っていた。


「シンプルに生きようぜ。好き同士楽しいことやりゃいいじゃん」


「聡君は懐広いからねぇ。そういうところは羨ましいよ」


「だろう……馬鹿にしてねぇか?」


 今はしてないよ、と信一は軽口を叩いている。それに対して聡は手を挙げ、小突くような仕草で答えていた。

 気安い仲なんだよなぁ、と二人のやり取りで思う。大学からの付き合いだが、校内にいる時は殆ど三人で過ごしていた。

 性格は三者三様。聡はおおらかで気が利く兄貴肌。反面興味のないことにははっきりとつまらないといい、反感を買うことも多い。知らない人にも躊躇なく話しかけ、至る所に顔見知りが居る。仲の良い女性は多いが特定の誰かを選んではいなかった。

 対して信一はいわゆるストッパーだ。物腰柔らかで面倒見がよく、波風立てることを嫌う。ただし本人曰く性根は腐っている方らしく、自分に得がないならば陥れる事に容赦がない。小学生の頃から年上の女の子達と交際おままごとしていたため大学卒業までは恋愛する気はないと言っていた。

 なんにも特徴ないなぁ。

 分かりやすく目立つ二人と対比してそんな事を思っていた。三人セットで自己紹介する時に一般人モブと自称するほど特徴がない。どちらかと言えば二人が濃すぎるだけなのだが、それを羨ましいと思う反面、これはこれで釣り合いが取れているとも思う。

 ひとしきりじゃれあっていた二人はふと、手を止めていた。

 どうした、と思うよりも早く、


「なんにせよさ、思うんだよ」


「何を?」


「返事。さっさとしないと面倒なことになるぜ」


 聡が言う。信一もそれに追随するようにうなずいていた。

 だがなんと送ればいいのだろうか。それが聞きたかったのだ。


「何でもいいんだよ。とりあえず『なんで?』って送ってみ?」


 ……

 そんな簡単な言葉でいいのだろうか。ただ経験値でいうのならば聡のほうが上だ。

 光秀はスマホを取り出しチャット画面を開く。そこにはいまだ『ごめん、別れる』の文字のあと更新はなかった。

 たった四文字、打つのに数秒もかからない。打ち終えた後、送信ボタンの上で親指が止まる。

 聡を見た。彼はただうなずくだけだった。

 半信半疑で、それでも押した。送信完了のマークがついて、そのあとすぐに、


『遅くない?』


 そして、


『巽先輩と付き合うことになったから連絡しないで』


 ……


「うーん、まぁ想定通りってことで」


 信一はそういうとスマホを光秀の手の中から抜き取った。そしていくつか操作をするとそれを返して、


「ブロックと履歴削除しておいたから」


 手慣れてんな、と聡が揶揄する。

 光秀は暗い画面を見ていた。ぶっつりと切れた紐の先はもう見えないような気がした。

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