第10話 広告氾濫(アド・パニック)問題

ここ、ナバリィタウンは他の都市と違ってある程度の自治権を要しているため、ある程度二大広告社に意見することが出来る。そのもっともな例が広告氾濫アドパニック制限条例の施行だ。偉大なる先人たちが文字通り血のにじむような思いで通したこの条例のおかげで、この街はある程度広告の量を抑えられているのだ。その条例の中には、アド・トラックの乗り入れ禁止についても書かれている。俺はそれを事細かに、その視界に入るだけで忌々しいアド・トラックを止めやがった親父とその同僚らしき若造に事細かにつらつらと説明した。


「す、すいません・・・まさかここにそういう条例があるとは思わなくって・・・」

「とにかく、この都市はアド・トラック走行禁止です。わかったら素直に立ち去ってください。」

「度々すいません・・・買い物も終えたので、すぐ立ち去ります・・・トオル君、行こう。」


親父と若造が、おとなしくこの街を出ようとトラックのキャブに乗り込んだその時、後ろから待ちたまえ、という声がした。振り向くと、そこにはあの自由広告党の狸親父がその重い体を短い脚と長い杖で支えながらふんぞり返っているではないか。


「こら、枇杷島君駄目じゃないか、は丁重に扱えといつも教えているだろう。」


お客・・・?何を考えてやがるこの狸親父は・・・かつん、かつんと杖を突いてそのでっぷりと太った体を滑稽に揺らしながら、狸親父は二人の目の前まで負を進めると、杖を前において深々と頭を下げた。肉がつっかえて全く位置が変わらないように見えたが、本人はこれでも頭を下げている方だと思っているらしい。


「いやはや、トラックのお二方、先ほどはこの男が失礼いたしました。この男は少々頭が固いきらいがありましてな。」

「は、はぁ・・・」

「これも部下の管理を怠った私の責任です、どうかここはひとつ私に免じてご無礼をお許しくださいますでしょうか。」

「い、いえそんな、知らなかったとはいえ勝手に入った私たちにも責任が・・・」


政治家というものはあくまでもイメージを大事にするので、この通り一般市民に向かってはぺこぺこと頭を下げて誠実なをする。これは何も今に始まった話ではない。広告戦争が始まる以前から政治家というものはずっとこうなのだ。表も裏もすべて見ている俺からすればその誠実は目に入るだけで虫唾が走る。俺は3人に見えないようにちぇっ、と舌打ちした。


「いや、やはりこのご無礼はそれなりの態度でお返しせねば、長距離の運転でお疲れでしょう、よろしければ私の事務所でおもてなししますよ、ささ、どうぞどうぞ。」

「あっ、いえ、あの。」

「遠慮なさらず、さあさあ。おい、枇杷島君何をしておるかね君も来るんだ。」


自分の秘書ならいざ知らず、こともあろうに他党の議員の秘書まで誘うとは、ますますこの狸親父が何を企んでいるのかが分からなくなった。だが、俺は今は無駄な面倒ごとを起こすときではないと考えた俺は、不承不承ながらこの狸親父に従って自由広告党ナバリィ事務所に入っていった。


狸親父は事務所の応接間に二人を通すと、さっそくその本性を現した。俺は自分からお茶を入れますねとあえてその場を離れて、3人の会話に聞き耳を立てた。


「この都市の広告氾濫制限条例に反したものには、だいぶ厳しぃ~い刑罰が加えらるのですよ。そう、特にアド・トラックなんか走らせようものなら、まぁかるく見積もっても・・・禁固50年はくだらないでしょうなあ」

「ご・・・50年!?」「そ、そんな、俺たちただ飯を買うために・・・!」


まぁまぁ、と焦る二人をなだめて、狸親父は広告葉巻を加えてゆっくりと煙を吐き出して話をつづけた


「大丈夫、すぐ罰せられるわけでは無い、自分でいうのもなんだが少なくともこの都市で一番のフィクサーたる私がそんなことはさせぬよ。」

「じゃあ・・・!」

「ただし、一つ条件がある。なあに、ちょっとした頼み事を引き受けてくれるだけでいいんだ・・・しかし枇杷島君は遅いな、何をしているんだろうか。」


俺は慌ててぬるくなったお茶を捨てた。そして新しいのに入れ替えると、すぐさま応接間に運んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る