第30話 王立中央図書館

 更に数日が経ち、十分な休息を取った私達は"水沫みなわの魔女"に言われた通り、中央図書館へと向かった。

 高級ホテルの様な立派な外観からはとてもそれが図書館だとは思えない。


 受付のお姉さんに"水沫の魔女"から預かった手紙を渡すと二度見してからどこかに連絡を取り始めた。

 やがて明らかに偉い人が現れて私達を訝しそうに眺める。

 この女性も受付のお姉さんも水属性魔法使いだ。他のスタッフからも同じ魔力を感じる。

 "水沫の魔女"の言う通り、この図書館は水属性魔法使いだけで管理しているらしい。


 館長室と書かれたプレートのある部屋に案内され、中に通して貰うとゴージャスなテーブルとソファが目に飛び込んできた。

 この部屋の主と思われる女性は私達の方を見ずに外を眺めている。


「雷属性、火属性、風属性、そして水属性魔法使いのパーティーですか。悪くないバランスですね」

「……初めまして。ボクはレクソスと言います。王立グランチャリオ魔法学園の生徒で、女王陛下から魔王討伐のめいを受けました。その道中で出会った"水沫の魔女"から貴女を訪ねるようにアドバイスをいただきました」

「あの子から話は聞いています。水属性の攻撃魔法を使い、先代勇者と共に戦った精霊王を使役するとか」

「こちらのウルティア・ナーヴウォールがそうです」


 ようやくこちらを向いた彼女は、私の頭からつま先まで舐め回すように見てから自らを"水圏すいけんの魔女"と名乗った。

 そして、厄介者を見るように目を細める。


「何が聞きたいのでしょう」

「魔王討伐。……いや、『氷』属性魔法を使う魔女に対抗する手段を教えて下さい」

「『氷』属性? そんなものはこの世に存在しません」

「あたし達は実際に戦ったのよ! 触れただけで草木の命を奪う凶悪で傲慢な『氷』属性魔法を使う女に会ったのよ!」

「そのような者はこの世界が始まって以来、出てきたことはありません。どの書物にもそんなことは書かれていませんよ」

「だから、あたし達が会ったって証明してるのよ!」

「たかが十六年ほどしか生きていない小僧、小娘の戯れ言を誰が信じると言うのでしょうか。この中央図書館に収められた書物を全て読んだ私が言うのですから間違いありません」


 なんてお堅い人なのだろうか。

 エレクシアはずっと喚いているし、シュナイズもそろそろ黙っているのは限界かもしれない。

 レクソスも呆れているし、ここは仕方ない。


「申し訳ありません。では、聡明な"水圏の魔女"様に勇者と魔王についてお聞きします。先代勇者であるレガリアス様は魔王を倒したのですか? 相討ちですか? それとも二人仲良く失踪したのですか?」


 "水圏の魔女"の表情があからさまに歪む。

 レクソス達は私の言ったことが理解できていない筈だ。私だって少し混乱しているのだから当然だろう。


「何が言いたいのですか?」

「そもそも勇者も魔王もいなかった。そこにいたのは優しくて、強くて、優柔不断な雷属性魔法使いだけだった。違いますか?」

「何を適当なことを――」

「二つの書物にはこう書かれていました。勇者レガリアスは雷属性魔法を使い、魔王と一騎打ちの果てに死亡。誰も彼の亡骸を見た者はいない。魔王は黒いいかずちを使い、滅ぼされる間際に勇者を呪い殺した。誰も彼の亡骸を見た者はいない。誰も彼らの戦いを見た者がいない」

「パーティーを組まず、たった一人で偉業を成し遂げたのですから、誰も見ていなくて当然でしょう」

「嘘は止めましょう、"水圏の魔女"様。勇者は勇者だったが、魔王もまた勇者だった。彼は偉大で狡猾な水の魔女に二つの人生を壊された。ということですが?」

「それは……」

「魔族に伝わる書物に書かれていましたよ。随分と彼らに嫌われているのですね。私が知っていることはここまでです。ここから先の話を私とこちらのレクソスにお聞かせ下さい。彼にはそれを聞く権利がある筈です」


 ちらりとレクソスを見た"水圏の魔女"は溜め息を零してから話し始める。


「その年の勇者候補生は一人でした。レガリアスは貴方と同じように女王陛下から魔王討伐を命令されましたが、貴方と違ってパーティーを組まなかった。その代わりに五体の精霊王と契約し、一人で魔王を倒してしまいました」


 ここまでの話はおおむね教科書通りだ。精霊王の話は初耳だけど。


「しかし、彼は浅はかだった。魔王不在となり統率の取れなくなった魔物達が暴れ始め、このままでは人間への被害が計り知れなくなる。愚かにも知能の高い魔人にそそのかされた彼は人間を攻撃しないなら、魔物を攻撃しないと約束したのです。王国に戻ったレガリアスは魔王は倒したと説明し、無闇に魔物を殺さないように人間を諭しました。無自覚にも彼は人間と魔物を導く者になってしまったのです」


 先代勇者のお人好し加減は誰かさんにそっくりだ。

 それにしても彼女はレガリアスについて知りすぎているのではなかろうか。


「やがて魔物は彼を魔王と呼称するようになり、困った彼は私の元を訪ねて来ました。そこで、自分のついた嘘を現実にする為に本物の魔王になるように指示した結果、勇者と魔王が同一人物という前代未聞の出来事が起こったのです」


 私を含め、全員が固唾を呑んで話を食い入るように聞く。

 そして先代勇者の最期が語られた。


「彼は勇者として一人の女性を愛し、魔王として一人の女性を愛しました。この時代には勇者の子と魔王の子が存在します。そのうちの一人が貴方です」


 これはゲーム内では明かされなかった内容だ。

 レクソスとデュークの顔がそっくりだという説明はあったけど、ここまで生々しい設定の説明はなかった。

 あらかじめ前世の記憶を有し、この世界の書物を読んでいた私ですら言葉を失っているのだから、エレクシアとシュナイズには信じがたい内容だろう。

 そして、レクソスに降りかかる精神的ダメージは想像を絶する。

 私は彼の顔を直視できなった。


「ボクの父が先代の勇者? だから母様はボクに勇者になれと言ったのか」


 動揺を隠せないレクソスから発せられる声はいつもの明るい声ではない。

 もしかして、私は余計なことをしてしまったのか。

 後悔してももう遅い。私は自分の知的好奇心を満たす為に彼を巻き込んだのだ。

 早く謝らないと。


 レクソスに手を伸ばそうとしたとき、屋外から轟音が鳴り響き、大地が揺れる。


「この感じ、魔物が押し寄せてきたのでしょう」


 こんな状況でも焦り一つ見せない"水圏の魔女"に構わず扉へ向かうと、懐にぶら下がっていた筈のアクアバットがいないことに気づいた。

 まさか――


「オレが先に行く。お前らは落ち着いてから来い」


 シュナイズが颯爽と部屋を飛び出していく。

 残された私はレクソスに謝罪を伝えたが、彼は悲しげな瞳で笑った。

 そんな顔を見たい訳じゃないのに。どうしようもない胸の痛みに襲われ、呼吸がままならない。


「この話はあと! ほら、行くわよ!」


 私とレクソスの手を取って走り出すエレクシアに連れられ、中央図書館を出ると町のあちこちで火の手が上がり、人々は逃げ惑っていた。


「レクソス、ウルティア、戦えるわよね?」

「あぁ、勿論だ!」

「大じょ――」


 私の言葉は最後まで続けられなかった。

 背後から伸びた何者かの手に口を塞がれ、路地へと連れ込まれる。

 私の手を掴もうとするレクソスの手を払い除け、「構うな、先に行け」と想いを込めて目配せする。

 

 暗闇の中に設置された水の牢屋に囚われた私は騒動の首謀者と思われる人物を睨み付けた。

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