第28話 氷瀑の魔女

 昼にも関わらず辺りは暗くなり、ファンタジーゲーム終盤に見られる不気味な演出が始まる。

 私達は最果ての地と呼ばれる魔王の城が建てられた土地まで来ていた。

 城に辿り着く前にもう一度イベントを発生させる為にアクアバットを水分身の核にしてパーティーを離脱する。


 魔王の手先モードとなってレクソス達を待っていると、熊のような魔物とクワガタムシのような魔物がたむろしていた。


「あら、こんにちは。ちょっと手伝ってくれる?」


 優しく声をかけただけなのにそんなに怯えないで欲しいな。

 君達を傷つけるつもりなんてないんだよ。ただ魔物を従わせている演出をしたいだけなの。


「みんな停まれ! 戦闘準備だ!」


 先頭を歩くレクソスの瞳に今の私はどのように映っているのだろうか。

 吹雪の中に佇む『氷』属性魔法使いのウルティア・ナーヴウォールはただの敵か、それとも気付いてくれるのか。


「ここを通す訳にはいかない。魔王様に会いたいのなら私を越えてゆけ」


 先制攻撃として氷柱つららを投げつけるも、エレクシアの火の盾に阻まれる。

 私の頭上に高速移動したレクソスが雷属性魔法と剣撃を打ち込む。

 左手で氷の盾を展開する私の正面からシュナイズの大鎌が薙ぎ払われる。

 右手で氷の盾を展開する私の背後からウルティアの射撃魔法が放たれる。

 左足を蹴り上げ、三枚目の氷の盾を展開すると三人が同時に離れて、右拳に炎を纏わせたエレクシアが突貫する。


「ブレイジング・インパルス!」


 素晴らしい連携だ。

 いつの間にか熊とクワガタムシの魔物は消滅しているし、私も半分近くの魔力を消費させられていた。

 エレクシアの拳を左手で受け止め、口角を吊り上げる。


「……これでも届かないなんて」

「これで終わり? それなら次は私の番ね」


 レクソス達には無傷に見えているかもしれないけど、最後のブレイジング・インパルスは効いた。

 水属性魔法を使えない為、アクティブガードナーも発動できず、自力で防御しないといけないのが厄介だ。

 帰ったら、ポーションを飲まないと。


「デプス・フロストバイト」


 私の左手を中心に空気も地面も凍り始め、白銀の世界がレクソス達へと向かう。

 これは少しでも触れれば凍傷になる広範囲空間制圧魔法の一種である。

 流石にやり過ぎかと思ったけど、これくらいやらないと彼らは帰ってくれそうにないし、さっきのクオリティで連携攻撃されると私の魔力が持たない。


「これはヤバいぞ! 退け、退け!」


 真っ先に警戒を促したシュナイズが風属性魔法で風向きを変えつつ、斬撃を放つ。

 残念ながら私には届かないけど、この魔法の弱点を理解した的確な判断だ。

 でもこれで私の勝ちだ。

 敗北の味を噛み締めて王国へ逃げ帰るといい。

 あ、今の悪役っぽい。


「ここまで来て、手ぶらで帰れないわよ! 合わせてレクソス、ウルティア! フレイムシューター」

「ダメだ、一度退くんだ! ボルト・ファランクス」

「そうですね。態勢を立て直しましょう。レインシューター」


 けっこう距離が離れたけどまだやるのか。じゃあ、絶望させてあげよう。

 レクソス達の攻撃を凍らせるつもりで魔法を放つ。

 彼らと水属性魔法使いのウルティアにはレベル差がある為、真っ先に私に辿り着いた攻撃魔法はレインシューターだった。

 アクアバットがどこまで想定していたのかは分からないけど、操作された水球は上空で弾け、私を隠すように滝となる。

 私の放った魔法はこの滝を全て凍らせてしまう結果となり、分厚い氷の壁が火属性魔法と雷属性魔法を防いでくれた。


「そんな……。私達の全力でもダメなの……?」

「今のオレ達じゃ、足元にも及ばないってのかよ」

「――滝が凍結してる」


 この魔法に名前なんてない。しかし、強いて名付けるのであればアイス・ウォールになるだろう。

 私の魔力残量も限界だ。これ以上は『氷』属性魔法を使用できない。

 さっさと帰って欲しいのにレクソス達は私を見上げて動こうとしなかった。

 ここからでも悔しそうなレクソスの顔が見える。

 早く退かないとデプス・フロストバイトが追いついてしまうわよ。


「ボクはレクソス! 勇者になる男だ! 君の名前はなんて言うんだ!?」


 うるさい。

 お前の名前は一度聞いている。それに私はお前達を知っている。

 どんな魔法を使うのか、何が得意で何が苦手なのか、全部知ってるんだよ。


 チートなんだよ。だから、早く帰ってよ――

 これ以上、私を苦しめないで……。

 お願い、レクソス。貴方達を傷つけたくないの。



「ボクは絶対に君を倒す! 絶対にだ! ボクの名を覚えておけ、"氷瀑ひょうばくの魔女"――ッ!」



 止めろ。私に名前を与えるな。私はウルティア・ナーヴウォールだ。

 お前の知っているウルティア・ナーヴウォールと今の私は別人じゃない!

 これ以上、私を惑わせるなら!


「止めろ、ティア」


 魔力が枯渇して『氷』を形成できなくなった私は彼らに向けた掌を胸の前で握り締め、へたり込んだ。


「デューク? また助けられるなんて」


 私の声は吹雪にかき消され、巨大な腕に抱かれる。

 ツルツルの頭部を持つ鉱物含有ゴーレムから魔力が流れ込み、凍えた身体を温めてくれる。

 私の思いは彼に届かず、ゴーレムにお姫様抱っこされながら山を下りて、ある程度回復してからパーティーに合流した。

 彼は最後まで私の声に応えてくれなかった。



 * * *


「あれ、なんか化粧が変じゃない?」

「そうですか? さっきの戦闘で崩れたのかもしれません」

「それよりも怪我してるよね」

「ぇ……?」


 エレクシアに服の袖を捲るように頼んだレクソスは私の腕を見て、目を見開いた。

 エレクシアもシュナイズも同様に驚き、私は顔を背ける。


「私達の回復なんていいから、自分の腕を治しなさいよ」

「これ、凍傷か? にしてはただれすぎじゃね」

「ウルティア、君は自分を治せるのかい?」


 レクソスの観察力には驚かされる。

 観念して、私の治癒魔法は自分に使えないことを打ち明けた。


「はぁ!? なんでもっと早く言わないのよ! ほら、早くポーション飲みなさいよ」

「傷はボクがよう。ウルティアほど上手くはできないけど、少しは回復魔法も使えるんだ」

「んだよ。じゃあ、何か暖かいもんでも作ってやるから待ってろ」


 私は顔を上げられなかった。

 視界がぼやけて、みんなの声が聞き取りにくいし、肩が上下してすすっても鼻水が垂れるし。

 地面を濡らす雫なんて見たくないのにいつまで経っても顔を上げられない。


 あぁ、これがウルティア・ナーヴウォールの心か――


 こんな苦しみを抱きながら、こんなにも難しいことをゲーム内の彼女はやってのけたのか。

 いや、違う。

 これは私が招いた結果だ。彼女はこの痛みを知らない。


「ありがとう……ございます。……ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい」

「帰ろう、ウルティア」


 レクソスは暖かい声でそう言った後、

「君を傷付ける"氷瀑の魔女"を絶対に許さない」

 憤るようにそう呟いた。

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