第21話 絶対に化粧を落としたい

 森を抜け、町へと続く道を突き進む。

 地方の中では大きい方で露店や宿屋も充実しているから申し分はない。


「本当に泊まるのですか?」

「勿論! 野宿ばかりだと身体を休められないだろう?」

「そうよ。ゆっくりお風呂に浸かりたいじゃない。大丈夫よ、あんたとあたしの二人部屋だから」


 それが大丈夫ではないのだけれど。

 野宿であればいくらでも素顔を隠す手立てがあるけど、明るい室内でどうやってメイク魔法を解除しろと言うんだ。

 ま、まさか、また一日中このまま……。

 なんとしても同室を避けなくては!


「では私は一人部屋を――」

「え、一緒じゃないの?」

「あ、いや、その」

「ダメなの? あたしとじゃ、イヤ?」

「ぁう、だから、違くて」


 まさかそんなに本気で泣きだしそうな顔をさせるとは思っておらず、狼狽える私の肩にポンと手が置かれた。

 見上げるとシュナイズが「諦めろ」と言うように首を横に振っている。

 レクソスはエレクシアのフォローをしているし、どうしようもない。

 私は素顔のスキンケアを諦め……ないッ!


 エレクシアが寝たら絶対にメイク魔法を取る。

 そして、お手入れをして寝る。エレクシアよりも早く起きて顔を作る。

 よし、この作戦で行こう!


 二人部屋を二つ借りて、エレクシアと共に荷物を運び込む。

 どちらが窓際のベッドを使用するのかを決めて、町へと繰り出した。

 ベッドは勿論、洗面所に近い方を選んだ。


「この町ってギルドもあるのね」


 ギルドとはあまり馴染みのない単語だ。

 私が生きていた世界にはなかったし、両親も所属していた訳ではないから、本で読んだだけで実態はよく分からない。


「魔物討伐とか薬草採取とかをお願いして、それを請け負うのがギルドね。まぁ、あたしも詳しくは知らないけど」


 エレクシアも私と同じ伯爵家の娘だから、特に不自由なく暮らしてきた筈だ。

 そんな私達は今後もギルドとは程遠い生活をすることになるだろう。


 それにしても、ここまで舗装されていない道が多いことには驚いた。

 もっとインフラが進めば移動が楽になるのに。

 それに家屋も木造が多くて、火事になったら近隣全部に燃え移りそうだ。


「ウルティアは将来の夢ってある?」

「特にありませんね。学園を卒業したら貴族の子と結婚するものだと両親に言われていたので」

「ま、そうよね。うちもそうだし。でもさ、こうやってみんなで旅をしてるとこういう人生も悪くないかなって思うわよね」

「そうですね。最初は不安でしたけど、今では楽しいと感じます」


 今日は男性陣とは別行動になるから、一日中エレクシアと二人で過ごした。

 たまには女性だけというのも悪くないかもしれない。

 だけど。


「やっぱり、お風呂よねー!」


 なぜ、二人で入浴しないといけないの!?

 私はシャワーだけで良かったのに。

 少しでもいいから、顔を洗いたかったのに。

 結局、エレクシアの長風呂に付き合わされ、大浴場を出る頃にはすっかり夜になっていた。


 早く寝て欲しいのに、いつになく興奮しているエレクシアに眠る気配はなく、ずっと喋っている。

 適当に相槌を打っているのがバレたのか、エレクシアが黙り込んでしまった。


「このパーティーって魔王を倒したら解散になるのかな?」

「そんなことはないと思いますよ。学園卒業まではこの四人で課題やテストに取り組めばいいじゃないですか」

「そっか。そうよね。あんた、変わったわね。最初は仲良くなれるか不安だったけど、良かった」

「そうかもしれませんね」


 良くも悪くも、だけどね。

 彼女達に心を開く訳にはいかない。

 そんなことになったら、きっと私は――


「エレクシアさん、少しはしゃぎすぎですよ。そろそろ寝ましょう。明日からはまた長距離移動です」


 枕に顔を埋めたエレクシアは五分もしないうちに寝息を立て始めた。

 音を立てずに起き上がり、洗面所へと向かう。

 一気に偽物の顔を引き剥がすと密閉されていた毛穴から酸素が行き渡る気がした。

 水属性魔法使いとはいえ、肌のお手入れに手を抜くつもりはない。


 鏡に映る私をエレクシアは知らない。

 今、この無防備な瞬間に彼女が起きてきたら悲鳴を上げられるのかな。

 そしたら隣の部屋からレクソスとシュナイズが飛び込んで来るよね。

 二人は声を荒げて「ウルティアをどこへやった!?」とか言いながら攻撃されるかな。


 それは、それで面白いかも。

 私は素顔のままでベッドに戻り、布団を被った。


 本当の私を知っている人はこのパーティーにはいない。

 それでも私を仲間だと言ってくれる。なんてお人好しな人達なんだろう。

 もっと人を疑わないと痛い目をみるかもしれないよ。


 そうこうしているうちに眠ってしまったのか、目が覚めると既にエレクシアが出立の準備をしていた。

 背中を向けていたことは幸いだけど、寝顔を見られたかもしれない。

 脳裏に「口封じ」の三文字が浮かび上がり、冷や汗が頬を伝う。


「あ、起きた? おはよー。夜、寒かった? 猫みたいに布団にくるまって寝てたわよ」

「いえ、子供の頃からの癖なの」

「そうなんだ。顔、洗ってくれば?」


 危なかった。

 昔から母やリーゼから止めるように言われていた寝方に救われた。

 再び布団の中に潜り、メイク魔法を済ませた私はサッとベッドから降りて洗面所へと向かう。

 こうして、未来の勇者パーティーのメンバーである、ウルティア・ナーヴウォールが完成するのだ。

 頬を叩き、気合を入れてから中途半端なメイク魔法を仕上げてエレクシアの元へ戻る。


「お待たせしました。では、行きましょうか」

「なんか、いつもよりツヤツヤしてない?」

「エレクシアさんと一緒にお風呂に入ったからですよ」

「は、はぁ!?」


 二人で騒ぎながら宿屋のロビーへ降りると、既にレクソスとシュナイズが準備を終えて待っていた。


「おっせーよ。どんだけ待たせんだよ!」

「仕方ないでしょ。ウルティアが起きないんだもん」

「まぁまぁ、ウルティアだって疲れてるんだよ」


 私が寝坊なんて信じられない。

 もしかすると、それ程までに安眠できる環境なのかもしれない。

 とはいえ、私はスパイだ。

 最後は彼らと別れる運命を歩んでいるんだ。

 そう自分に言い聞かせて、みんなへ声をかける。


「寝坊した身分で申し訳ありませんが、お腹が空いたのでお肉でも食べに行きましょう」


 何はともあれ、空腹は良くない。

 それぞれ異なる表情の三人の先頭に立ち、食堂へと向かって歩き出した。

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