第14話 微妙な距離感

 今の学園生活に不満がないと言えば嘘になる。


「ちょっと、ウルティア! またお昼ご飯抜いたでしょ!」

「一食くらい食べなくても生命活動に支障はありません。それに水分はちゃんと摂取しています」

「そういう問題じゃないのよ!」


 一部のクラスメイトから冷ややかな視線を向けられる。

 何を隠そう、私はウンディクラン寮のみならずクラス内でも浮いているのだ。


「今日はもう座学しかありませんし、放課後の訓練もお休みの日なのでエレクシアさんに迷惑はかけませんよ」

「……ッぅぅう。だから! そういう問題じゃないって言ってるでしょ!」


 そんな大声を上げるから、クラスメイト達が一斉にこちらを向いてしまったじゃない。

 このメインヒロインは何をそんなに怒っているのだろう。

 自分に害がないのだから放っておけばいいのに。

 私に関わると良い印象を持たれないのは明白なのだから、パーティーとしての行動時以外は全無視で構わないのだけれど。


「あぁ! もう! 心配なの! わかる!? あんたが心配なのよ!」

「……ふふん」


 いけない。思わぬ返答に思考停止した上にいつもの癖が出てしまった。

 この反応に対してクラスメイトから反感の声が飛び交う。

 これは全面的に私が悪い自覚があるので逃げるとしよう。


「ちょっと、今のは酷いよ。エレクシアに謝りなさいよ」

「そうよ! いくらなんでも冷たすぎるわ」


 こういうのが嫌だから自分の能力も彼女達と交流していることも隠していたいのに。


「うるさ」


 あっ、声出ちゃった。

 口は災いの元だと自分で言っていたのにこんなミスをするなんて信じられない。

 それもこれも私の思考を乱すエレクシアのせいだ。


「まともに火球のコントロールもできないのですから、人の心配をする資格はないでしょう?」


 またしても一言余計なことを言ってしまった私は逃げるように霧の魔法に隠れる。

 咄嗟にエレクシアが手を伸ばしていたけど、私の腕には届かずに空を切った。

 クラスメイトに慰められる彼女の声が聞こえる。でも、エレクシアは私を非難するようなことは言わなかった。

 メインヒロインに格の違いを見せられた気がするけどこれでいい。

 彼女と必要以上に仲良くなってもいずれは戦うのだから無意味だ。このまま適当な距離を保っておこう。



 私がたまに座学の授業を抜け出して、この学園内にある池でサボっていることを知っている人物は果たしているのだろうか。

 水分身は非常に便利で、ただ座らせて板書させるくらいなら造作もない。

 自律して戦闘までこなせるようになれば、私の行動はもっと楽になるのに。などと考えながら池の中を泳ぐ謎の魚を覗き込む。


「今日も元気いっぱいね」

「そういう君は元気がないじゃないか」


 雷属性魔法は魔力感知に引っかかりにくい特徴を持つらしいけど、短期間で私の包囲網を潜り抜けるまでになるとは予想外だった。

 これが主人公補正というやつか。


「勇者候補様がサボりですか? 関心しませんね」

「そっくりそのまま返すよ。エレクシアともっと仲良くすれば良いじゃないか」


 他人事だと思って簡単に言ってくれる。

 それができれば私はここで魚と戯れてなどいないと言うのに。

 いや、それだと私が彼女と仲良くしたがっているみたいじゃない。それは誤解を生んでしまうわ。

 金髪を振り乱しながら否定する私に触れるか触れないか絶妙な距離までレクソスの手が伸びる。


「君の髪は綺麗なストレートだ。入学式のときの巻き髪も良かったけど、こっちの方がすっかり見慣れてしまったね」


 そんなことを言う為にわざわざ授業をサボるなんて。

 今、行われている座学は広範囲魔法制御理論なのだから彼にとって必須授業の筈だ。それを受けないで私を追いかけるなんてデメリットしかない。

 違う。彼は偶然ここにいて私に声をかけたに過ぎない。今の発言を撤回しよう。それは思い上がりすぎだ。


「レクソスさんは勇者候補生になれて嬉しいですか?」

「嬉しいよ。勇者になって、この国の為に戦うことがボクの夢だからね」

「どうしてそんな危険を冒すのですか?」

「それが母の遺言だからさ」


 あれ……どこかで聞いたな。

 同じ顔を持つ者が同じ理由で異なる高みを目指している。これは偶然なのか?


「そうですか。夢が叶うといいですね。あ、でも、命をかけるほどのことではないと思いますよ」


 レクソスは困ったような笑顔を作り、校舎へと歩き出した。



 * * *


 どうしても気になることがあり、レオンザート王子とデュークに頼み込んで用意して貰った本を持って寮に戻ると、美味しそうな匂いが部屋中を満たしていた。


「今日の夕飯は食堂ではなく自室なのね。メニューはなに?」


 無言で指し示されたテーブルにはお弁当が置かれているだけだ。

 お弁当箱の下にはたった一言が綴られた手紙が添えられていて、私はまたしても鼻を鳴らす。


「回りくどい人」


 借りた本を読みつつ、彼女の特製弁当の中身を平らげていく。

 少し味が濃いような気もするけど、それを言うとまた怒られそうなのでお弁当箱を洗って、素直に美味しかったと伝えよう。


「お嬢様、お行儀がよろしくありません」

「もうすぐ読み終わるから待って」

「何を熱心に読まれているのですか?」


 タイトルが書かれていない二冊の本は王族と魔族しか持ち得ないものだ。

 それらには、勇者と魔王が異なる目線で記録されていた。

 一つは王族から見た勇者と魔王。

 一つは魔族から見た勇者と魔王。


「ふぅん。これはゲーム内では語られていなかったな。あの二人、引き合わせない方が良いかも」


 この本をこうやって同時に見た者はこれまでにいないのだろう。だから誰も気付かなかったんだ。

 勇者は魔王であり、魔王は勇者であるということに――


「全ては自作自演ということか」


 勇者と崇められ、魔王と恐れられた彼は人間の女性との間に子をもうけ、魔人の女性との間に子をもうけた。

 その子供達は今どこで何をしているのだろうか。 

 意外と私の近くにいたりして。ううん、きっとそういうことなのだろう。


 勇者の遺伝子を受け継ぐレクソスと魔王の遺伝子を受け継ぐデュゥ・クワイタス。今更ながらにとんでもない人達を育てているのだと実感したけど、もう後には引けない。

 私はただひたすらにトゥルーエンドを目指すだけだ。

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