第6話 初登場のメインヒロインよりも目立っちゃダメ

 この学園の授業は座学のみではなく魔法の実技もある。

 剣術などの実技も行うらしいけど、魔法武器を持たない私には関係ないので見学に行ったことはない。

 普通の貴族の娘は黄色い声援を届けに行くらしいので、一度は覗いてみようかと思うけど気が向いたらでいいでしょう。


 訓練場には不格好な西洋騎士甲冑が一体だけ置いてあり、それ以外は何もない。

 教員は集めた生徒達を各寮別に分けてそれぞれの得意とする魔法を見せるように指示を出した。

 学園に入学する前から魔法の練習を始める者もいれば、自分がどの属性魔法を扱えるのか知らない者もいる為、実力を測る為の体力テストのようなものだ。

 この世界の魔法使いや魔女は一つの属性魔法しか使用できないから、私は水属性魔法しか扱えないことになる。


 火属性魔法と風属性魔法は攻撃、土属性魔法は防御、水属性魔法は回復に、それぞれ特化しているとされ、その四属性魔法使いでバランス良くパーティーを組むことが多い。

 つまり、私の課題は『回復魔法の程度を見せろ』ということになるので、不格好な西洋騎士甲冑は必要ないのだ。

 同じ水属性魔法使いのウロは自らの手を薄く切り、切り傷を完治させている。


 次々と多種多様な魔法が繰り広げられる中、風属性魔法使いであるシュナイズが西洋騎士甲冑に傷をつけた。

 教師が「おぉ!」と感嘆の声を漏らすと見学に来ていたシルフィード寮の寮長先生も自慢げに目を細めていた。

 実は密かに苛立っているのだけど、それに気付いた者は何人いただろうか。

 

「大丈夫ですか?」


 本当は目立つ行動を取りたくない。でも傷ついている人を放っておけるほど冷酷な女ではない。

 なので、これを私の実技課題としよう。

 私は訓練場の隅に座り込む二人の少女に声をかけた。

 訓練着に保護されていない手足には無数の傷痕があり、出血も続いている。

 この傷はたった今、シュナイズの放った魔法によってつけられたものだ。

 彼女達は西洋騎士甲冑に当たらなかった風属性魔法の流れ弾を浴びてしまった被害者である。


「見せてください。私が治しますよ」


 シュナイズのレベルは大したことないのだろう。

 傷痕はズタズタで美しさの欠片もない。だからこそ、痛いのだ。

 ひと思いにバッサリ切ってあげた方が彼女達は楽だっただろうに。

 そんな非人道的な考えを振り払い、指先に出現させた水の球体を彼女達の柔肌に当てると、ものの数秒で傷が癒えて元通りの健康的な肌となった。


「傷跡は残りませんから安心してください。気をつけた方が良いですよ。彼、魔力コントロールが下手クソですから」


 こんな全身むくみ女に言われても説得力はないかもしれないが、あえてシュナイズにも聞こえるようにはっきりと言い放った。


「シュナイズ、彼女達に謝罪の言葉はないのか」


 処置が終わったと同時に訓練場にレクソスの声が響く。

 そうだ、もっと言ってやれ。

 

「はぁ? ノームレスなんだから自分の身くらい守れるだろ」

「まだ入学したばかりで魔法に不慣れな生徒もいるんだ。魔法に長けているのなら、気をつけるべきだろ」

「おいおい勇者候補様よぉ。もう勇者気取りかぁ?」


 険悪な雰囲気の中、ビリヤードボールほどの大きさの火球がシュナイズを襲う。

 このクラスにはもう一人馬鹿がいるみたい。

 別に彼を助けるつもりはないけど、魔力構築が不安定な火球が弾けたときにどうなるか分からないし、どうせなら貴重な初登場シーンをアシストしてあげたい。


 私は人差し指で水球を弾き、シュナイズに迫る火球にぶつける。

 案の定、火球の大きさとは比べものにならない爆発が生じた。それら全てを包み込み、水蒸気が巻き上がる。

 さぁ、勇者候補様。メインヒロインのお出ましですよ。


「ちょっと、あんた! 脳筋もいいとこでしょ!」


 水蒸気の中から現れたのは、真紅の髪でつり目が特徴的な少女だ。

 君がそれを言うのか、とツッコミを入れたくなるがぐっと堪えて他の生徒達の後ろに隠れる。

 身の丈にあったハンマー型の魔法武器を持つ彼女の名はエレクシア、このゲームのメインヒロインであり火属性魔法を扱う令嬢だ。

 またしてもネタバレなのだけど、物語終盤で大幅に強化されるイベントが待っている。

 

「はぁ? じゃあ、お前は騎士甲冑に傷をつけられるのかよ」

「んぐぅ」


 颯爽と登場したのに言い負かさせるメインヒロインちゃんに「もっと頑張れ」と言いたいところだけど、先程の火球では甲冑にすすをつけるのが限界だろう。

 爆発力が分散しすぎていて、一見すると派手な魔法だけど威力は全然大したことはない。 

 そこで、勇者候補様の出番ってわけ。


「ボクが代わりにやろう」

「そこまでだ。みっともない真似はやめろ」


 なぜ下級生の授業に参加しているのか説明して欲しいものだ。自分の授業はどうしたのだろう。

 声の主はボルトグランデ寮所属の上級生、レオンザートだった。

 私は一度会話して顔も知っているけど、他のクラスメイトはどうなのだろう。

 そんな事を考えているとその場に立っているのは私だけになっていた。


「……へ?」


 何が起こったのか理解が及ばず、辺りを見回すとクラスメイト全員が片膝をつき頭を下げていた。

 教員達も起立しながら頭を下げている。


「殿下、何故ここに」


 レオンザートは無言で私に歩み寄った。


「ウルティア・ナーヴウォール。その名前と顔は覚えているぞ。貴様が代わりに騎士甲冑に傷をつけてみよ」

「しかし、私は――」

「我のめいが聞けないのか」


 この人の全てを見透かすような目は限りなく本物だ。

 研ぎ澄ました水の見聞魔法が警戒音を鳴らしっぱなしになっている。

 このまま問題を起こすのは好ましくないと判断した私は隠していた攻撃魔法を使用することにした。

 しかし、念のために許可を取っておこう。


「本当によろしいのですね」

「構わん。上からでも下からでも好きなように攻撃せよ」


 ちなみに西洋騎士甲冑の頭部から肩にかけての雷撃痕は私の目の前にいるレオンザート先輩が一昨年につけたものらしい。

 では、私はどこから攻めようか。


 しばし思案し、指先を西洋騎士甲冑に向ける。

 簡単な魔法であれば詠唱なんてものは必要ない。しかし、技名を口にしないと発動に時間がかかるので、仕方なく大切に唱える。


「レインシューター」


 周囲に発生させた三つの水球を撃ち出す射撃魔法である。

 素早く動く水球は西洋騎士甲冑の肩を目指し、連なって同じ場所に直撃した。

 それから二秒ほどが経過してガシャンと大きな音を立てながら騎士甲冑の腕が地面に落ちた。


「大した威力はないので甲冑は貫けません。この程度で許して下さい」


 先程まで片膝を立てていた生徒の半数以上が腰を抜かしているようだった。

 何がそんなに恐ろしいのか理解できない私に笑いかけるレオンザート先輩は実に愉快そうだ。


「知らぬようだから教えてやろう。よく聞け、ウルティア・ナーヴウォール。水属性魔法に攻撃魔法は存在しない」


 一瞬で頭の中が真っ白になり、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。

 そして一言だけ脳裏に浮かんだ言葉があった。



 やってしまった――ッ!



 後に私の名は『訓練用西洋騎士甲冑の腕をもいだ魔女』として後輩達に語り継がれることになるのだけど、それはまた別のお話。

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