第3話 メイクアップ・ユア・ヒロイン

 悲劇を神回避したにも関わらず魔王の手先となった私が十五歳になると魔法学園への入学許可証が届いた。

 この世界の子供達は魔法学園に進学することが義務づけられており、私ももれなく入学するのだけど、許可証の到着と同時に自称魔王から呼び出された。


「なに?」

「ウルティアよ。王立グランチャリオ魔法学園に入学し、勇者の卵と魔女見習いの監視を命ずる」

「はいはい。でも学園では好きなようにさせてもらうからね」


 こういう時だけそれっぽい話し方をするんだから。

 尊大な態度でふんぞり返る彼にとって私は物分かりの良い部下に違いない。

 この五年、両親を人質に取られていると言っても自称魔王を含めて一緒に食事をしたり、旅行をしたりと人質感はあまりなかった。

 むしろ、幼馴染感が強かったと言える。

 ゲーム通りに見張り役は引き受けるけど、悪役令嬢役を引き受けるつもりはない。

 そして目立つつもりもない。


 私が入学するのは王立グランチャリオ魔法学園という他の学園よりも規模が大きい学び舎だ。

 数多の魔法使いや魔女を輩出し、唯一、勇者を育成できる教育機関でもある。


 非常に心配性な父が用意した馬車に揺られながら学園まで向かう。

 馬車と言ってもなぜか宙に浮いており、特にお尻が痛くなることも酔うこともなく、快適に長旅を過ごすことができた。さすが風属性魔法使いである。

 私は馬車の中で施したメイクをバッチリ決めてその地に降り立った。


 少しきつめの制服に身を包み、入学式の会場に向かうと他の生徒達からの視線を感じる。

 そんなに変かな? 服のタグとか付いてない?

 彼らの視線は私の全身に注がれ、目立たない為の処置が逆に目立ってしまっている気がする。

 しかし、一度見せたメイクを変更はできないし、このまま学園生活を送ることになるのかと思うと少しだけ不安になった。


 入学式は滞りなく進み、最後に新入生の魔力を測りつつ各寮に分ける恒例行事が始まった。毎年の入学式において一番盛り上がる儀式らしい。

 この世界の魔法は基本的には火・風・土・水の四つである。そしてこの学園にある寮も四つだ。

 ただし、勇者候補生だけはその基本の属性魔法にも寮にも縛られない。


 わざわざ自分で試さなくてもここで自分の属性魔法を知ることができたのか、と今更ながらに少しだけ後悔した。

 属性魔法の測定と寮分けを行うのは教員でも学園長でもなく、一匹のコオロギだった。

 "組み分けクリケット"と呼ばれるその虫は各生徒の頭の上に乗っかり鳴き声を発する。正確には人間の言葉を話す。

 遂に私の順番が回ってきたので椅子に腰掛ける。

 頭の上に虫が乗っかることを冷静に嫌がっていると私の心の内を察したのか、コオロギは跳躍する前に寮を割り振った。


「ウンディクラン!」


 コオロギの発言に新入生と在校生がざわめき出す。

 ウンディクラン寮は水属性魔法を操る者が所属する寮であり、私も水属性魔法使いなのでなんら問題はない。

 何をそんなに騒いでいるのかと耳を澄ませると、どうやら私の容姿についてコソコソと話しているようだった。

 確かにどこを見てもウンディクランという寮は美男美女揃いだ。これでは私が浮いてしまっても仕方ない。


「なんで、あんな女が水の魔法使いでウンディクラン寮なんだよ」

「ふざけんなよ」


 ふざけんなよ、はこっちのセリフだ。人の容姿を馬鹿にして失礼しちゃう。

 しかし、万が一にも私の正体がバレた時のことを考えるとこうするしか手段がなかった。

 何を隠そう今の私は元の華奢な体型からかけ離れた体型をしている。

 きつめの制服、元気のないブロンドヘア、血色の悪い顔。今の私は相当ブサイクに見える筈だ。

 周囲からの誹謗中傷が聞こえる中、コオロギの叫び声が会場中に響いた。


「ボルトグランデ!」


 これまでヒソヒソと私を馬鹿にしていた生徒たちも一斉に前を向く。

 私達の視線の先には物語の主人公であり、これから勇者となる少年が立っていた。

 ボルトグランデ寮とは四つの属性魔法ではなく、特別な雷属性魔法を操り、勇者の素質を持つ者だけが所属できる寮で他の四つの寮と異なり在籍している生徒が圧倒的に少ない。


 彼の出現により私は好奇な目に晒されることはなくなったけど、嫌な目立ち方をしてしまい少しだけ、ほんの少しだけ心にダメージを負った。

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