第22話 決着
「なるほどな。ああ納得できたぜ。こう定義付ければよかったんだ!」
「へっ、なンダよ。正体を掴めたのか。やるじゃねぇか、初心者ヤローの癖して」
心の底から納得したその答えを力にして、俺は全力で海東の元へと走る。
流石に今まで余裕ぶっていた海東も、俺が突然豹変したことにはビビったのか、弾幕が一瞬緩んだ。
その戦慄が、お前の命取りだ。
「この弾幕の中に突っ込んでくるだとーぉ!? やぶれかぶれの丁半博打かっ!?」
「悪いがオケラになる気はねぇ!」
「まさか、使いこなしたのかァ!?
あ、在り得ねーぇ!! 有り得るはずがねーぇ!!」
海東の攻撃が勢いを増す。土砂降りの雨を思わせる貨幣の濁流が襲う。完全に力を使い熟した俺を。恐れているんだ。
その様は、まるで怯えている子供のようだ。だが、どれだけ攻撃をしようと無駄だ。何故なら──────。
「悪いが、お前の攻撃は、もう俺に通じない。{ “神に貨幣の重さなんざ関係ねぇ ”}からな」
「神、だとォぉ!?」
そうだ、と俺は肯定する。その瞬間、全身を覆う貨幣が埃のように軽くなった。
元々俺の力は、神殿みたいに荘厳な剣に宿っていた。あの刀身は確か、鏡のように眩かったことを覚えている。古来、鏡は神聖な存在を宿す物だったと聞いた。それらのイメージを俺は繋ぎ合わせ、そして1つの、言葉が持つ力として再解釈した。
あの剣そのものが、神殿や鏡のように神を宿す入れ物だったとしたら? そう、俺は推察した。
ならば俺に宿ったこの力は? そんな大層な存在に宿っていた、これは一体なんだ?
そんなもの、『神様』という以外に答えはない。
そう解釈すれば、力が万能なことにも納得だ。神様なら、人を癒し、大いなる変革を引き起こせるに決まっている。ディアドラは
もちろん、この解釈が間違っている可能性もある。だが、今はそう考えよう。何故なら、力の輪郭が不明瞭だったさっきまでと比べ、格段に力の扱いやすさが違うからだ。
『俺には神が宿っている』。そう考えれば、ロゴスを扱った結果のイメージの明確さが段違いとなる。結果をイメージできれば、その分意志が明確になるから。
ならば、俺が今抱くべき意志は!
「
『承知した。お前のその願いに応えよう。我が在り方を定めた、正当なる対価として』
俺のやりたいことを、言葉として明確に発し、そして現実へと変えていく。
力が溢れ出るのを全身に感じる。同時に、俺の内側から声が響いた。聞き覚えのある、機械的で無機質な
「ガキがァ! 俺にぃ!? 勝つだとォぉ!? くそったれがあああああああああああ!」
俺は全速力で駆け抜け、海東との距離を詰める。
それに対し、海東は貨幣を射出し続けた。俺を近づけさせまいと、必死の攻撃が続く。拒絶の意志がロゴスを通じて伝わるかのようだ。
けれど、無駄だ。俺にその力は通用しない。何より──────。
「残念だが、俺はお前に攻撃はしない。どれだけ俺から距離を取ろうとしても、意味ないぜ」
「何、だとォぉ……っ!」
海東の眼の色が明らかに変わる。そこに宿っていたのは、先ほどまでのような敵意でもなければ憎悪でもない。ただ純粋な驚愕と困惑だけだ。
きっとアイツは、理解できていないだろう。この俺が───いや、俺達がこれから、"何"をしようとしているのか。
だが俺に、それを説明する義務などない。俺が奴にくれてやるのは、たった一言だけだ。
「言っただろう?」
そう、たった一言。されどそれだけで全てが決する、渾身のロゴス。
俺に宿った"神様"の力で、世界を捻じ曲げ改変する。そのメカニズムを飲み込み、理解し、全霊を以て形とする。
この言葉はそのスイッチだ。意志を内から外へと流出させる、最初の過程。
だが俺は、その始まりだけで全てを終わらせる!!
「お前を倒すってな」
「な──────!!?」
海東が驚愕に目を見開く。俺がその瞳を覗き込んだ直後、奴は前のめりに倒れ込んだ。周囲の空気が鉛になったかのように、男は大地へ磔になる。
俺の目論み通りに、ロゴスが形を成してくれた。俺が望んだルールの通りに、世界が変わる。即ち、意志が現実になったんだ。
「なんだァこいつぁ!? 身体が、いや頭が、重いッ!」
俺に宿った力が神だと言うなら──────神には頭を下げるのが礼儀だ。
そんなルールに紐づけ、こじつけ。俺は自分の意志である『海東の動きを封じる』を現実へ手繰り寄せた。
ようやくロゴスの扱い方が掴めてきた。
基本は術者の意志で、現実を変えるもの。そして言葉の力や
「この、ガキィぃッ! こんな拘束、すぐに解いてェぇやるぁ!」
困惑から一拍置いて、海東の瞳に敵意と憎悪が戻る。だが、その瞬間こそが命取りだ。
俺に全ての意志が向いた時こそ、奴に決定的な隙が生まれる。俺がやったのは拘束だけだ。すなわち言ってしまえば、時間稼ぎに過ぎない。
つまり、お前を捉える「本命」は他にある。
「なあ、俺だけを見てていいのか? 主演を見逃すぞ?」
「あーぁ!?」
騙すようで悪いが、この戦いの主役は俺じゃない。俺は衆目を引く道化でしかない。道化らしくニヤリと笑う俺の頭上を、影が通り過ぎる。
待たせたな、本命様のお出ましだ。
「な──────ッ!」
真打は遅れてやってくる。空に浮かび始めた、月を背負って静かに奔る。
その風の如き影は、鳥でもなければ華でもない。もっとずっと美しく、もっとずっと麗しく。
──────そして何よりも、ずっと強い少女のものだ。
「今だ! ディアドラ! ぶちかませぇ!」
「了解したぜぇ! { “拘束せよ ”ッ!}
海東へ伸ばされるは、真っ直ぐに伸びた白い細腕。短く響く叫びと共に、その掌からは蜘蛛の糸のように『縄』が迸る。
それは一瞬のうちに海東の手足を縛り上げると、そのまま彼の口にも巻き付いた。これでもう海東は動くことも、ロゴスを発することも出来ない。
つまり──────。
「終わっ、……た?」
「ああ、終わったよ始。サンキューな。貴方のおかげですわ。本当に、感謝します」
「会話の、途中でも、口調変わるんだ……」
戦いは終わった。少なくとも、海東は無力化出来た。
その事実を理解できた瞬間、緊張の糸がぷっつりと切れてへたり込んでしまった。
今まで我慢していた疲労が、一気に吹き出してくる。こんなにもロゴスを使った戦いとは疲れるのか。
肉体的な疲労もそうだが、それ以上に精神的な疲労が凄まじい。例えるなら、何十時間と討論を重ねたかのような疲労が、全身にのしかかるような感覚だ。
「この程度でへばるのですか? 今後も一緒に戦いのなら、こんなものは序の口ですわよ?」
「マジか、きっついなぁ。まぁ今は切り抜けられたし、ひとまずはそれを喜ぶとしようか。ディアドラの言葉のおかげで、俺の力の“定義化”とやらが出来たよ。……ありがとう」
「まさか神様と定義づけるなんて、とんだ飛び道具を見せられたものですわ。ただ、それを使いこなすという点も、なかなかに並外れておりますが」
『お疲れ様ですディアドラさん。館内に残っていた被害者の保護と残党の撃退、完了です。後始末は我々が行いますので、今晩はごゆっくりとお休みください』
俺とディアドラが会話していると、覆面を付けた人たちが数人やってきた。
どうやら機関の後始末や隠密活動を行う、非ロゴス能力者のエージェントたちらしい。明らかに怪しい風貌だけど、仮面に行動の認識をぼやけさせるロゴスが宿っているんだとか。これにより、市民にバレない隠密行動を可能にしているらしい。
「ありがとう。人間災害の動向と、
『人間災害については、まだ。
「俺たちが暴れたせいで、苦労を掛けてすいません。色々とありがとうございます」
『礼を言うのはこっちの方ですよ。彼ら、無名の癖になかなかのヤバい奴らでしたし。にしても、貴方もやりますね。
「そ、そんな認識だったんです? ああ、そうだ。一応こっちにも、お礼言っておかないとな」
「? ……ああ、
俺は俺の内側にいる、
神様と定義したなら、礼を欠かさないというのが道理というものだ。なので俺は、心の底から丁寧に謝礼を念ずる。
お前……いや、貴方のおかげで勝てました。ありがとうございます……と。
だが──────、
「……? あれ? 返事が無い」
『寝てるんじゃないです?』
「誠意が足りない、とかでしょうか?」
どれだけ呼びかけても、声が聞こえない。どこに行ったんだろうか。いなくなられると困るんだが……。
などと考えていると、唐突に背後から女の子の声が聞こえた。
「こっちだ。どれだけ念じたとて、
声がした方向を向くと、そこには銀髪の女の子が立っていた。
肩に届くほどのウェーブがかかった髪に、爬虫類のような細長い瞳孔の眼が特徴的な女の子である。服装はギリシャ彫刻や絵画で見るような、一枚布を衣服へ構成したものを纏っている。
神秘的な雰囲気だが、背丈からして十四~五歳ぐらいだろうか? この子はいったい……。
「気付かんのかたわけ。
「えーっと、どちら様? ディアドラの知り合い?」
「いえ。面識があった記憶はありませんし、機関のエージェントというわけでもなく……」
「はぁー。
そう深いため息をつきながら、その謎めいた少女は衝撃的過ぎる事実を俺たちに告げた。
「
少年、
おかげでこうして、久方ぶりに実体化することが出来た。やはり肉体を持つのは気分がいい。
というわけで、当分はこの身で活動させてもらうぞ?」
「……はい?」
「え──────?」
「「えええええええええええええええええええええ!?」」
俺とディアドラ、二人の疑問符がズレることなく重なり合った。
目の前で起きた出来事を全く理解できない二人の絶叫が、夕暮れの美術館の館内に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます