第42話 領主

 俺は領主の館に向かう。

 領主は不死者じゃなくとも、不死神に与している。

 対処が必要だった。


 道中を全力で走る。


「な、なんだ?」

「は、速い」

「大鎌?」


 冒険者たちが走る俺を見て驚いているが、気にしてはいられない。

 仮面をつけていることで、正体がばれないことを祈るしかない。


 駆け抜けながら、神器の大鎌で不死者を斬り裂いていく。


 あっというまに領主の館の前に到着する。

 領主の館の門の前を、騎士五人、いや五体が固めていた。


「騎士の不死者か」


 昨日まで、彼らは生きていたのだ。

 民を守ろうと思っていたかも知れないし、主君たる辺境伯に忠誠を誓っていたのかも知れない。


 彼らにも目標や、夢があったのかも知れない。

 大切な人がいたかも知れない。大切な人だったのかも知れない。


「愚行をとめられなくてすまないな」


 俺は騎士たちに向かってまっすぐ歩く。


 騎士たちは俺目がけて一斉に飛びかかってきた。


 全員が手練れだ。

 動きが素早く、力強くて、連携も見事だ。

 生前、日々の鍛錬を重ねてきたのだろう。


 騎士たちは、全身を金属鎧で包み、大きな盾を装備し、片手剣を振るう。

 騎士を倒すには剣をかわし、盾を避けて、鎧の隙間に刃物を差し込まなければならない。


 しかも一体ではない。騎士の不死者は五体いる。

 一人で五体を相手にするのは難しい。


「努力したな。積み重ねた鍛錬が、剣から伝わってくるぞ」


 俺は最初に突っ込んできた騎士の剣をかわしざまに神器で斬る。

 神器は、剣を折り、盾を斬り、鎧を貫き、不死者の肉を裂いた。


 防御を固めようと、神器たる大鎌は、固めた防御ごと斬り裂くのだ。


「この差は武器の差だ。お前の鍛錬が足りないわけではない」


 一対一で戦っても、いや一対五でも勝つ自信はある。

 俺には魔法もあるのだ。


 だが、神器がなければ、これほどあっさり勝てたとは思わない。

 目の前の騎士だったものは、けして雑魚ではないのだ。


「ぐふ」

 胴体を切断された不死者は口から血をあふれさせる。


「……タノ……む」

「わかっている。お前たちの仲間もすぐに解放してやる」


 俺は攻撃を躱しながら、素早く騎士の不死者を斬り裂いた。

 一撃で、天に還していく。


 俺も二度、三度と斬りつけたくはない。

 不死者たちは不死神の被害者なのだ。


 速やかに、最小の苦しみで、天に還したい。

 そう願いながら、俺は神器を振るう。


 入り口の騎士の不死者五体を天に還した後、俺は領主の館の中へと向かう。


 軍事施設でもある領主の館は分厚く高い壁に囲まれている。

 出入り口にある扉も頑丈で、今は当然のように閉められていた。


「……小賢しい」


 神器を振るう。

 門が真っ二つになり、簡単に開いた。


 俺は領主の館の中に足を踏み入れる。

 二十体の騎士の不死者が、待ち構えていた。


「通してもらうぞ」


 俺は立ち塞がる騎士の不死者たちを斬って、前に進む。

 壁の上から、火球の魔法飛んできた。数が多い。

 壁上に十体以上の魔導師を潜ませていたのだろう。


「あとで相手にしてやる」

 俺は火球を無視して加速する。


 魔法に混じって矢も飛んできた。

 その矢を左手で掴む。


「毒か」


 それも不死者の毒だ。

 初めての戦闘において、フレキたちが牙を使えなかった原因の一つである。


「あいにくと、俺には効かないが」


 俺は矢をかわし、魔法を防ぎ、立ち塞がる不死者だけを斬って、建物の中へと入った。

 足を止めずに建物の奥へと進んでいく。


「こっちかな?」


 領主の部屋がどこにあるのかも、領主が今どこにいるのかもわからない。

 そもそも領主の館がどうなっているのか、俺は知らないのだ。


「だが、不死者の気配がする」


 気配が濃い方向へと俺は走った。

 建物の奥の奥。扉の前を五体の騎士の不死者が固めている部屋を見つけた。

 見るからに怪しい。


「通してもらうぞ」


 俺は扉に向けて足を進める。

 騎士の不死者五体が一斉に躍りかかってくる。


「お前たちは、けして弱くない」


 武器と盾、鎧ごと、神器で、騎士を斬り伏せる。


「修練を感じる動きだった。……安心して天に還れ」

「…………」


 騎士五体が天へと還ったのを確認し、俺は扉を破壊し部屋に入る。


「ひぃいいい、化け物ぉぉぉぉ」


 部屋の中には中年の男が一人いた。

 年の頃は四十代、身なりの良い服を着た身長が高く太った男だ。

 立派な机の陰に隠れながら、震えている。


「領主の辺境伯か?」

「ぶ、無礼な、わしにそのような口を利くなど……」


 男はガクガク震えながら、虚勢をはる。

 それに付き合ってやる時間はない。


「不死神の使徒に騙されたか?」

「だ、だまされてなど……」

「不死者の王にしてやるとでも言われたか?」

「な、なぜそれを」


 俺はしゃがんで、男に目を合わせる。


「いいか? 不死者の王を作るってのはな。不死神の目的だ」

「だ、だからなんだ」

「不死神の目的なんだから、増やせるならもっと増えている。増やしたくても増やせないんだよ」

「な、なにがいいたい」


 まだ、理解出来ないらしい。


「だから、お前を狙って不死者の王にすることは、不死神の使徒にも無理だってことだ」

「う、嘘をつくな!」


 領主は騙されたのだろう。愚かなことだ。

 しかし、民を守るべき領主が、民を危機に陥れたのだ。

 騙されたのだとしても、許されることではない。


「とりあえず、殴るぞ」

「え?」


 きょとんとする領主の顔を、俺は殴った


「べぶえ」


 領主の鼻の骨と前歯が折れる。

 領主は鼻と口から血をあふれさせ、涙を流し、怯えきった表情で俺を見つめた。


「お前を裁くのは俺ではない」

ふぁあじゃあふぁふぇなぜふぁふったなぐった?」


 俺も人族であり、宿屋暮らしとはいえ、この街の住民の一人ではあるのだ。

 だから、殴る権利ぐらいはあるだろう。


 だが、この男は不死者ではない。

 裁くのは死神の使徒の仕事ではないだろう。


 俺は男の服と部屋のカーテンを切り裂いて縄を作ると、男を縛り付ける。


「さすがに良い服だな。丈夫な縄になったぞ。大人しく付いてこい」

ふぁふぇふぉやめろ!」


 俺は男の首に縄をくくり、引きずっていった。

 もちろん、首だけだと死にかねないので、腰と脇の下にも縄を通しておく。


 まだ暴れるので、俺は男の耳元でささやく。

「俺は死神の使徒だ」

「ひっ、ひぃいい、ふぉろころさないで」

「お前を殺すも殺さないも、俺次第だと忘れるな」

「ひぇぅ」


 途端に領主は大人しくなった。

 死神の使徒というのは余程恐れられているのだろう。


(庶民と違って、領主は教養があるはずなんだが……)


 領主ならば、死神の役割について知っていてもおかしくないと思っていた。

 だが、それは甘かったようだ。


 領主を引きずって、領主の館を歩いて行くと、

「臭いな」

 嫌な臭いがした。

 不死者の腐臭ではない。木材が燃える臭いだ。

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