第31話 領主の館の地下

 俺とフレキは道を外れて、人のいない裏道へと移動する。


「フレキは付いてこない方がいいね。狼を連れていたら目立つから」

『うむ。わかった。その方が良いじゃろう』


 俺は素早く買ったばかりの仮面をつけて、黒い服へと着替える。


「本当は買ってすぐには使いたくなかったんだけど」

『まあ、大丈夫であろ』


 力を抑えるのを止め、髪を銀色に、目を赤くする。


『赤い目が綺麗じゃ。まあその姿を見て、フィルと結びつける者はいないじゃろ』

「ならよかった」


 俺は髪を銀色に、目を赤くしたまま気配を殺す。

 魔力を抑えているわけではないので、魔導師にならば気付かれるかも知れない。

 だが、数の少ない魔導師が、沢山の数が必要な門番などの警備担当を担うことはまずない。

 きっと大丈夫だろう。見つかったら全力で逃げれば良いだけだ。



「じゃあ、行ってくる」

『うむ。気をつけるのじゃ』


 俺は音を消して走って行く。

 静かに領主の館を囲む壁、その門から離れた場所へと走る。


 領主の館の壁は、高さ五メートルほどあり、壁の上には鋭い槍のような物が並んでいる。

 俺は魔法で身体強化して、その壁を槍のような物ごと飛び越えた。


(あっさり入れたな。まあ、壁は兵隊を防ぐための物だろうし当然かな)


 普通の兵隊は身体強化できないものだ。

 そして、敵の魔導師は兵に守られながらでなければ、前進しないものらしい。

 だから、兵を止めることができれば、魔導師を止めることができる。


(でも、魔導師なら、壁を越えなくても、屋敷に魔法を撃ち込めるよな。どうやって防ぐんだろう)


 フレキに教わってないが、きっとこの世界この時代の戦術があるに違いない。


 そんなことを考えながら、領主の館の庭を走っていく。

 警備は厳重ではない。

 もっとも、俺には、この世界、この時代の領主の館の警備の普通はわからない。


 ただ、警備の者に見つからずに走ることはそれほど難しくはなかった。


(領主の居室や金庫のある場所みたいな要所以外はあまり警備しないのかな?)


 俺が向かうのは領主の居室でも、金庫でもない。不死者の気配の元だ。

 建物や木の影から影へと移動しながら気配を探る。


(……地下か)


 人神の神殿の時と同じだ。

 どうやら、不死者たちは地下にいる。


(下水道から……いや、神殿とは違い、領主の館は軍事施設でもあるし……)


 領主の館の地下は、下水道経由で簡単に入れるように作られてはいないだろう。


(館のどこかに入り口があるのか? それとも……)


 不死者がゼベシュの街を滅ぼそうとしているならば、街の外から地下を掘って進んできている可能性すらある。


(おや?)

 庭の片隅、庭木の陰の目立たぬ位置に隠されているかのように、井戸があった。

 軍事施設であることを考えれば、井戸があることはなにもおかしいことではない。


 俺は井戸に近づき、蓋を開けると、拾った小石を投げ入れた。

 ――カツン

 およそ一秒後、乾いた音がした。


(涸れ井戸か。石を投げてから地面に付くまで一秒ってことは、深さは五メートルぐらいか)


 いやそうとは言い切れない。

 そもそも重力加速度が俺の前世と同じとは限らないのだ。


(入ってみるか)

 俺は灯の魔法を使って、井戸の中を調べる。

 井戸の縁から一メートルほど下がった場所から、底に向かってはしごがあった。


(なるほど、出入りできるようにしているわけか)


 俺ははしごを利用して、井戸の中へと入っていく。

 底まで降りると、屈まずにくぐれる大きさの横穴があった。


(井戸ではなく、緊急時の抜け穴の一つかもしれないな)


 その横穴の途中に鍵の掛かった隠された扉を見つけた。

 鍵を神具の大鎌で破壊して、扉を開けると下水道に通じていた。


(下水道側からは……巧妙に隠されているな)


 下水道側からは、ただの壁にしか見えない。

 もし冒険者がこの壁の近くを歩いても気付くまい。


(それで、肝心の不死者の気配は……)


 気配を探りながら進んでいくと、さらに巧妙に隠された扉を見つけた。

 そこにもしっかりと鍵が掛けられている。


(ここかな?)


 俺は神具の大鎌で鍵を破壊して、扉を開けた。


「…………」

 中には百体を超す不死者がおり、扉を開けた瞬間、その不死者たちと目が合った。

 不死者たちは無言のまま、目だけをこちらに向けている。


 百体全てが人の不死者だ。


「……天に還りなさい」

 俺は不死者百体に向けて使徒の権能を行使する。


「やはり効かないか」


 死神の使徒の権能が効かない。

 つまり、不死神の祝福を受けた不死者ということだ。


「いま、救ってやるからな」


 俺は不死者たちを順番に神具で斬っていく。

 人神の神殿地下にいた者たちと同様、不死者たちは身を守ることしかしなかった。


 だから、難なく百体の不死者を天に還すことができたのだった。

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