兄妹、誘拐される

08

 日は中央から少しづつ傾き始め、路地裏は陰に覆われている。薄暗く狭い道を二人は少しづつ辺りを見回しながら歩いていた。

「確か港の方にいたんだよね」

 看板を見上げながら妹が言う。

「うん。でも港がどっちかわからない」

「私も」

 再び兄弟は口を閉じる。


「……案ずるな、必ず助けが来るはずじゃ」

「ぷっ」

 わはは、と笑って妹は兄を見る。

「お兄ちゃん、ホントお父さんのモノマネ上手いよね」

「へへ、かっこいいでしょ」

 少しむせ気味に妹は笑っている。それを見て兄も口角を緩める。

「そなたに100Gとひのきの棒を」

「何でひのきの棒?」

 妹からの問いに真剣な顔をしていた兄はあどけない表情に戻り、そういえば、と首をかしげる。二人の上空をドラゴンの影が横切った。

「ひのきの棒が大量に余って……ひのきの棒のプールに入ろうとしたとか?」

「それはちょっと家族としても引くかなぁ」

 あはは、と二人が笑っているとカホッと妹が咳をして口を抑えた。俯き、かがんで咳を繰り返す妹に兄はおろおろとその背中をさする。

「え、だ、大丈夫……体調悪い?」

 咳はそのうち落ち着き、妹は息をひとつ吐いて顔をあげる。

「大丈夫、きっとただの風邪だよ。銀色が必要なやつだね」

「う、うん?」

 ぱっ、と笑顔で妹が先へ進みだそうとしたその時、静かな路地に鈍いうなりのような音が聞こえた。

 二人は足をとめ、互いに顔を見合わせる。


「お腹空いたね」

「おひるごはん食べてないもんね、どうしよう」

 辺りに飲食店らしき店はあれど、その怪しく大人びた雰囲気に二人は立ち尽くす。その間も腹は鳴りやまない。

「そこの二人、腹減ってるんすか?」

 突如かけられた軽快な声に二人は後ろを振り向く。青年はにこっと二人に笑って見せ、ポケットから財布を取り出した。

「俺、いい店知ってるからおごってやろうか」

「えっ、いいんですか!?」

 一気に明るく輝いた二人の目を見て、少し引き気味に青年は、おぉ、と頷く。

「じゃあ案内するからついて来て」

 よかったね、と二人は歩調乱さず青年のあとをついていく。


「らっしゃい、とれたての水道水が安いよっ!」

 詐欺かよ、と客一同無言のツッコミが重なる。窓際の席に座る二人と青年に、ウェイトレスはお冷を並べながら苦笑い。

「すみません、店長変な人で……ご注文は何にしますか?」

 妹はメニュー表を眺めている。

「僕オムライス!」

「あっ私も」

「じゃあ俺もそれで」

 ウェイトレスはメモ用紙にペンで書き込む。

「オムライス三個ですね、かしこまりました」

 ウェイトレスは厨房へと戻っていく。青年は並んでにこにこと笑う二人を見た。

「食べる前に手洗ってきな。そこの奥に洗い場あったから」

「はーい」

 そそくさと席から立ち上がり厨房近くの手洗い場へ二人は向かう。

 その姿を見送り、青年は財布から小さな包みを取り出した。自然な動きで素早くお冷のコップを入れ替えて中身を注ぎ、元の位置に戻す。

「洗ってきました」

「偉い偉い。歩き回って喉も乾いただろ、ちゃんと水分補給もしときな」

「うん」

 促されるままに二人はお冷を口にする。喉が上下して数秒と経たぬうちに、その瞼は落ちかける。妹が兄の肩に体重をかけて小さく息をする。

「料理来たら起こしてやるから」

「うーん……」

 兄はこくりと頷くと、そのままうなだれてソファーに身を預ける。

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