あやめルートー3

「たっくんおはよー」


 朝になった。

 結局朝までしつこくゲームをして、何も兆しが見いだせないまま朝になってしまった。


 当然、あやめから連絡がくる。


「おはよ……」

「あれ、元気ない? もしかして楽しみすぎて夜更かししちゃったパターンだ」

「まあ、夜更かしは間違いないな」

「あはは、私もだよ。ワクワクして眠れなかったの。でさ、今日は一緒に隣町まで行かない?」

「結構遠出だけど、大丈夫なのか?」

「うん、みゆきもお友達を家に呼ぶらしくてさ。ゆっくりしておいで、だって。ほんと、ませた妹になったものねえ」


 嬉しそうにそう言って、あやめは「一時間後にうちにきてね」と。

 その電話を切った直後、俺はまた不安に襲われる。


「……頼むから満里奈に会いませんように」


 もう、神頼みしかない。

 いや、そんなものは無駄とわかってる。


 あと一時間……なにか、なにかこの惨劇を回避するルートは残されてないのか?


 祈りながらゲームを起動してみた。

 何回やっても結果は同じだとわかっていても、もう俺がすがるところはここしかない。


「……あれ、かなルート、続編解放?」


 なんと、今朝まではなかった新シナリオが。

 これは何かの予兆か。

 時間はあまりないけど、やってみるしかない。


『ねえ琢朗、昨日はほんとありがとね』


 場面はあやめとのデート中。

 まりなとはるかとかなの三人に遭遇してカオスな状況の場面だ。

 ここからかなルートへの分岐があるってことか?


 と、とにかく話を進めよう。


『まりな、琢朗は私の恩人だから。困らせたらだめよ』


 おお、まさかのかなが味方パターン?

 男から金をむしりとる悪女としか思ってなかったけど、まさかここでかなを助けたことが生きてくるとは。

 ほう、結構やるじゃんかこのゲーム。


『かな先輩がそこまで言うなら。はるか、買い物いくわよ』

『あやちゃんまたね。あ、龍崎君もそのうち、ね』


 はるかさんがちょっと意味深なことを言ってたのは気になったけど、とりあえず狂気女二名は退場した。


 なるほど、これでバッドエンドからは……


『琢朗、助けてあげたんだから今日は私に付き合いなさいよ』


 しかしまたしても急展開。

 あやめとのデートのはずなのに、なぜかかなに誘われてしまう。

 どうなるんだ?


『えと、たっくんはどうしたい? かなさんと遊ぶなら、私は遠慮しておくけど』


 なんとも身を引くのが早い。

 いや、もっと抵抗してほしいんだけどなあ。

 ていうかお前が抵抗しろ龍崎琢朗。

 頼むから変な選択肢出てくんなよ。


▶ ああ、さっさと帰れ

▶ なんだよ、3Pだろ普通

▶ え、ていうか誰?


 クズー!

 なんだこれ、あやめをとる選択ねえの?

 最後のやつとか記憶飛ばしてるし。

 うんこだよこいつ、まじで。

 

 ……どれだ、どれが正解だ?


▶ ああ、さっさと帰れ


 ごめんあやめ……


『う、うん。じゃあまたねたっくん。楽しんできてね』


 こうしてあやめとのデートは終わった。

 そしてかなとのデートに突入するという波乱の展開を見せられてげんなりしたところで時間が来た。


「……そろそろ行くか」


 なんにせよ、今日のミッションはわかった。

 あの三人とエンカウントしない。

 それ以外に俺があやめとのデートを完遂する方法はないってことだ。



「あやめ、迎えに来たよ」

「あ、たっくん。うん、すぐ行くね」


 道中から警戒心マックスであやめの家に行き、無事到着。

 ただ、まだ油断はできない。

 いつ、どこからあのメンヘラ達は現れるかわからない。


 と、電話だ。


「もしもし」

「あー琢朗君おはよー。ねえねえ、今日日曜日なのにどうして家いないの?」


 満里奈だ。

 家? まさか今俺の家にきたのか?


「え、いや、ちょっと買い物で」

「ふーん、なら待ってたら帰る? 帰るなら待ってる」

「き、今日は天気がいいからぶらぶらするかなあ。だから待たせたら悪いから」

「へえ、あやめだ」

「え?」


 急に声のトーンが低く重くなった。


「あやめだね、それ。デートするんだ、私を差し置いて」

「ち、違う。今日は」

「ふーん、でも嘘だったら……どうなるかはわかるよね?」

「……それは」

「ま、とりあえず帰ろっかな。じゃあね琢朗君、また」


 ぶちっと電話が切れた。

 あのメンヘラ、完全にストーカーになってる。

 え、マジで会ったらやばいやつじゃん。


「おまたせ……たっくんどうしたの、顔が青いよ?」

「い、いや。それより早く行こう」


 いきなりの電話はビビったけど、ある意味では朗報でもある。

 今、満里奈は俺の家の近くにいる。


 ということはさっさと隣町まで移動してしまえばあいつと会う心配はない、はず。


 さっさとここを離れよう。

 その一心で思わずあやめの手をとって早足で駅に向かった。


「ち、ちょっとたっくん?」

「あ、ごめん」


 家を出て少ししたところで、あやめに呼ばれて我に帰って手を離す。


「どうしたの、そんなに慌てて?」

「い、いや……早くあやめと、隣町に行きたくて」


 もちろん、それは満里奈という怪獣から逃れるため。

 でも、


「それって……もう、たっくん最近ずるいよ?」


 あやめが照れてしまった。

 

「あ、いや……うん、ごめん」

「謝らなくていいよ。でも、私も早く行きたいから走ろっか」

「ああ」

 

 足取り軽く、あやめが走って駅に入っていく。

 俺も慌ててついていき、隣町までの切符を買って改札をくぐる。

 

 ここまでくれば大丈夫なはずだ。

 電車がくるまで一息つこう。


「ふう……」

「五分後だね。ぴったりな時間だよたっくん」

「やれやれ、これでようや……く?」


 向かいのホームに、俺は見覚えのある人影を発見した。

 してしまった。


「一ノ瀬さん……」


 白いワンピース姿の清楚な女子、一ノ瀬はるかの姿がそこにあった。

 キョロキョロと何かを探してる様子。

 まさか俺を探して……。


「どうしたのたっくん?」

「あ、いや……早く電車来ないかなって」

「ふふっ、よっぽどおでかけが楽しみなんだ。うん、もうすぐくるよ」


 ああ、早く来てくれ。

 見つかったら終わりだ……。


「電車が参ります。線の内側までお下がりください」


 アナウンスのあと、ホームに電車が入ってきた。


 助かった。

 これでとりあえずはるかに見つかる心配もない。


「よし、乗ろう」


 まばらに人が乗った車両に飛び乗り、あやめと並んで席に座る。


「ふう」

「なんかワクワクするね。どこいく?」

「隣町ってあんま知らないから散策かな」

「さんせー」


 さあ、俺たちを乗せて早く走ってくれ。

 できれば遥か遠くまで……って隣町だけど。


 電車の扉がプシュッと音を立てて閉まる。

 ようやく、俺は安息の地へ旅立つことが……。


「あ、はるかだ! おーい」

「っ!?」


 窓の外から見える反対のホームに手を振るあやめ。

 その先には、こっちを見てニヤリと笑う一ノ瀬さんの姿が。


「あ……」


 一瞬だったけど、ばっちり一ノ瀬さんと目が合ってしまった。


 すぐに遠くなる彼女は、しかし一瞬だったけど笑っていたのがはっきり見えた。


「……うわ、最悪だ」

「どうしたのたっくん? はるかと何かあった?」

「い、いや。何もないんだけど」

「あー、さてははるかが可愛いから、私じゃなくてはるかにしとけばよかったーとか思ってるでしょ。いけないんだー」


 ふーんだ、と。

 わざとらしく怒ったそぶりを見せるあやめ。

 いや、そこは全力で否定させてくれ。


「俺はお前の方がいいに決まってるだろ」

「え、そ、それって……う、うん。ご、ごめんねいじわる言って」

「い、いや……それより、言ってる間に着くぞ」

「あ、ほんとだ。ワクワクするねー」


 ほどなくして電車が止まり、降りてから改札を出ると見慣れない街並みが。

 店であふれる駅前。

 たった五分程度電車に揺られただけなのに、ずいぶんと景色が変わった。


「へえ、開けてるなあ。都会だ」

「あはは、ここが都会とか言ってたら田舎者だってバカにされるよ。でも、お店はいっぱいあるし、デートにはもってこいだね」

「デート……うん、デートだ。楽しもう」

「おー」


 まず向かったのは雑貨店。

 特にこれといった目的はないんだけど、なんとなく見て回るのが楽しいんだとあやめが言うので彼女についていくことに。

 そして店の中に入ってぶらぶらしていると、かわいいぬいぐるみが置かれたコーナーであやめが足を止める。


「ん、ああいうの好きなの?」

「う、ううん。みゆきがね、かわいいものが好きでさ。だけど、ああいうのって結構高いじゃん? だから買ってあげられないなあって」

「……」

 

 いじらしい。

 いや、なんていい子なんだよあやめは。

 ああ、俺がもう少し金持ちだったら、なんでも買ってやるのに。

 ついでに養ってやるってのに……ああいかん、キモいこと考えてた。

 最近あのゲームの主人公に引っ張られてちょっとだけ下衆な発想が頭をよぎってしまう。

 百害あって一利なしだなほんと。

 まじであやめとうまくいったらあのゲームはすぐに捨ててやる。


「ま、頑張ってもっと働かないとだね。高校でたらキャバクラかなあ」

「おいおい、夜の仕事なんてきついだけだぞ」

「そうだね。でもさ、やっぱあの子にはちょっとくらいいい思いさせてあげたいし」

「……」


 こういう時、自分の無力さを痛感する。

 ちなみにぬいぐるみの値段は……三千円か。

 出せないこともない。

 でも、出したら今月が……いや、待てよ?


「……あ」


 財布の中身を確認すると、一万円札が一枚、折りたたまれて入っていた。

 これは、たしか加奈さんが俺に渡してくれたお金だ。

 ……ううむ、使っていいものなのか。

 いや、これは道案内をした正当な報酬だ。

 それに、誰かのためになるならこのお金も本望だろう。


「それ、買ってあげるよ」

「え、いいよいいよ。結構高いしたっくんも金欠だって」

「そういや今月出費が少なくてね。それに、あやめを借りてるんだからみゆきちゃんにお土産くらい、ね」

「たっくん……本当に、いいの?」

「ああ。その代わり食事はやっぱりファミレスになるけど」

「うん、全然いいよ。ふふっ、喜ぶだろうなあ、みゆき」


 大きなハムスターのようなぬいぐるみを一つ。

 レジに持っていって購入すると、袋にも入れずに大事そうにそれを抱きかかえながらあやめが「たっくんに、また借りができちゃった」と。

 かわいらしく微笑むものだから俺もきゅんきゅんだ。

 ああ、もうこの子に尽くしたい。

 こういう子が嫁にほしい。

 ほかのルートとか、ヒロインとか、マジでいらねえ。


 よし、飯食ったら告白だ。

 俺は告白する。

 ヒロインと結ばれる。

 そしたらゲームも終わるだろ。


 頼むから、それまでの間だけ、メンヘラたちが登場するのは控えてくれ……。

 

 


 

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