決死の覚悟

 マリエスの手を引いて、林の中をぐんぐんと進んでいく。


 お互いの姿が見えていないから、マリエスがどんな表情をしているかはわからないけど、足取りは快調。


 きっとマリエスも自分の明るい未来を想像して、期待に満ち満ちているはずだ。


 そんなマリエスを想像して僕の足取りもさらに軽くなっていく。


 白銀の獣と遭遇した木々がなぎ倒されている場所はもう目と鼻の先だ。




「なにこれ……」


 マリエスが声を潜めるのも無理はない。

 今僕たちの目の前には怪力によってへし折られた木々があちらこちらに転がっている。  


 実際にその怪力を目にした僕でさえ、どうやったらそんな風に折れてしまうのか違和感を覚える。


 人がどんなに体を鍛えた所で真似するのは無理だろう。

 強化魔法なんかを使えば可能なのかもしれないけど、魔法素人の僕には答えを導き出すことはできない。


「僕が襲われた白銀の獣がやったんだよ。こう、前足でばっさりと」


 右手で薙ぎ払うジェスチャーをしてみせた所で、お互いの姿が見えていないことを思い出して言い直す。


「前足の力だけで倒したんだ。真っ向勝負を挑んだらきっと敵わないだろうね」


「まっこうしょうぶ?」


 少し難しい言葉を使いすぎたかもしれない。マリエスにも伝わるよう優しい言葉に置き換えて言い直す。


「僕と白銀の獣とが一対一で戦ったら、きっと僕は負ける」


 実際に僕は昨日、殺されかけた。

 サギカがたまたま通りかかっていなかったら、今頃僕はあの獣の腹の中にいた可能性が高い。


「えっ……それじゃあ。私達だけじゃ……シフィエスさん呼びに行く?」


 策もなくマリエスと僕二人で戦いを挑んだとしても結果は変わらない。

 大人でも敵わない物に小さな子供が力を合わせて二人で挑んだ所で返り討ちに合うだけだ。

 マリエスの言うとおり、力のある大人に助けを乞うのが正しいのかもしれない。


 しかし、それではダメなのだ。マリエスの力を認めてもらう為には、僕とマリエスの二人でなんとかしなければならないのだ。


 力のある大人に助けを乞うのが正しいと言った。だけどそれは策がない場合の話だ。


「マリエス。大丈夫。僕に任せて。

 持ってきた肉をここに置いてくれない?」


 林に入る前、シフィエスさんの目を盗んでマリエスの家からブロック肉を持ち出した。

 きっと、サギカを接待するために用意したものだと思われる。


「えっ?うん」


 マリエスは返事をすると音を立てずに肉を地面に置いた。

 マリエスが手を離すまでは肉が見えていなかったから、唐突に目の前に肉が現れたような不可思議な感覚に襲われる。


「ありがとう」


「うん。これからどうするの?」


 マリエスの疑問もわかる。このままぼさっとここに突っ立ていて、白銀の獣が現れて向こうから姿が見えないとしてもこちらは決め手にかける。


 僕は得意げに鞄に手をかけると、一本の薬瓶を取り出す。


「これだよ」


「見えないよ?」


 レフラクテオをかけられなれていないせいか、またまた無駄な動きをしてしまった。無駄にポージングまで取ってしまった。ちょっと恥ずかしい。


「あはははは。シフィエスさんの作った眠り薬だよ」


「あーなるほど!」 



 薬瓶の蓋を外し、ブロック肉に均等にかかるように振りかけた。

 丸々一本。

 母さんは言っていた。体にかかっても害はないが、少しでも体内に入ってしまったのならまたたく間に眠ってしまっていただろうと。それだけ強力な眠り薬なのだ。

 体の大きな獣であっても、ひとたまりもないはずの量だ。

 もし獣が耐性を持っていて、すぐに目を覚ましてしまうとしても一瞬でも眠らせればこちらの勝ち。 

 どんな生物でも眠っている間は無防備になるものだ。


 _____そうなれば非力な僕とマリエスでもとどめを刺すのは簡単なこと。


「じゃあマリエス。獣が現れるまで隠れて待とう」


「うん」


 姿が視認できないわけだから、隠れて待つ必要はないのかもしれない。

 でも念には念を入れて、僕達は木の陰に隠れて白銀の獣を待つことにした。

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