ナナケンジャ3

 今日の昼ご飯は、父さんが育てた野菜のスープ。そして、獣の肉料理だ。もちろん、母さんが手によりをかけ、作ってくれたものだ。


 父さんはこの時間は仕事に出ているから、テーブルを囲んでいるのは僕、母さん、マリエスの三人。


「ロリエッタさん。私、このスープ大好き」


 マリエスは待ち切れないと、喜々として木製のスプーンを握る。


「あらあらー。おかわりなら、たあーくさんあるんだから、遠慮しちゃーだめよ」


「うん!」


「それじゃあ、食べましょうか」


 母さんはそう宣言してから瞳を閉じた。

 母さんに習い、マリエス、僕の順番で瞳を閉じる。


「全てのお恵みに感謝を」


「「感謝を」」


 これはニホンで言う所の『いただきます』食事をする前の挨拶のようなものだ。


 挨拶を終えて、目を開くとマリエスは既にスープに手を付けていた。

 こいつ、絶対フライングしたろ。……かわいいやつだな。


「本当にロリエッタさんのスープはいつ食べても美味しい」


「うふふ。ありがとう。また作ってあげるから、いつでもいらっしゃい」


 マリエスがうちで昼を食べるのはよくある事で、日常風景ではあるのだけど、なんとも和む。

 先程までのなれない魔法の練習の疲れも忘れそうなくらいには。

 さて、僕もスープを頂こう。


 ______________________




 和気あいあいとした食事を終え、洗い物を手伝うと申し出たマリエスは、重ねた食器を持ってフラフラと台所へと向かっていった。


 いつもなら食事後の僕の仕事なのだけど、ありがたく仕事を譲った。


 すぐにでも魔法の練習を再開したかったんだけど、マリエス先生が居ないことにはどうにもならない。だから僕は、暇つぶしもとい、マリエスをからかいに行くことにした。


 マリエスが台所に向かって、結構な時間がたっていたから、もしかしたら洗い物は終わっているかもしれないな。


 テーブルから立ち上がり、仕切られた壁の向こう側を覗き込むと、もじもじと足をすり合わせるマリエスがいた。


「あ、あの、ロリエッタさん」


「どうしたのマリーちゃん?」


 母さんは、マリエスへと視線を向け答える。


「私、ロリエッタさんにどうしてもお願いしたいことがあって……えっと、シフィエスさんにはナイショで」


「なーに?かわいいかわいい、マリーちゃんのためだったら、お姉さん頑張っちゃう」


 お姉さんと言うには……微妙な年齢だが、見た目はロリ。差し引きでギリギリセーフといった所か。


 マリエスはもじもじと話しづらそうにしながらも、意を決したのか、持っていたスプーンを母さんに手渡しながら言った。


「私を、魔術学園に推薦してくれませんか!?」


 母さんは渡されたスプーンを受け取り、一度マリエスから視線を外す。微笑みは称えたまま、どこか遠くを見ているような。


「────シフィーにも同じこと聞いたんだよね?

なんて言っていた?」


「そ、それは……ナイショで」


 マリエスは母さんの質問に答えあぐねていた。

 母さんの質問の意図もわからないし、マリエスが何を考えているのか、僕には全く理解できない。


「母さん。推薦くらいしてあげればいいじゃない?」


 状況はわからずとも、僕はいつでも、どんなときでもマリエスの味方でありたかった。

 苦しいとき、辛いとき、悲しいとき、楽しいとき、僕の隣にいたのはいつでもマリエスだったのだ。


 マリエスへの援護のつもりで発言したつもりだった。母さんの、マリエスの背中を共に押してあげたつもりだった。


 それなのに僕の言葉に続く者はこの場にはいなかった。


 母さんの微笑みは戸惑いを纏い、マリエスにいたっては口を一文字に引き結び、おし黙ってしまった。


「どうしたの、二人とも?」


「えっと、ロウちゃんには少し難しい話しかもしれないわね」


 何がどう難しい話なのか僕には理解ができない。マリエスは魔術学園に推薦をしてもらいたい。

 しかも、魔法の才能は申し分ないと、あのシフィエスさんも認めていた。


 母さんは、魔術学園に推薦する権限を持っている。

 それに、母さんだってマリエスの魔法の才能は認めていた。


 おそらく、シフィエスがマリエスを推薦しないのは、マリエスを手元に置いておきたいから。

 いつもマリエスをストーキングしている様子を見ていれば、どんなに鈍いやつでも推測するのは簡単な事だ。


「マリエスには夢があるんだよ」


 マリエスは僕の発言を制するように、僕の服の裾を握ると軽く引っ張った。

 夢を話すというのは、とても恥ずかしいものだ。

 まして、自分の口から話す訳ではなく、第三者から暴露をされるわけなのだから、その数倍は恥ずかしいだろう。

 生まれ変わる前、愛生乃が恥ずかしそうに夢を語っていたのを思い返しながら、僕は続けた。


「マリエスは、シフィエスさんみたいな魔術士になるのが夢なんだ。

 そしてみんなの役にたちたいって。

 ねっ。マリエス」


 マリエスは俯いたまま何も答えない。


 母さんはマリエスに視線を向け、驚愕の表情を浮かべていた。


「マリーちゃん。本気……なの?」


 マリエスは俯いたまま一度だけ頷く。


「そっか。そっか……」


「ねえ母さん。だから、推薦してあげてよ。僕からもお願い!」


 母さんは僕とマリエスに背を向けて、食器の入った棚に向かうと、マリエスから受け取ったスプーンを棚に閉まった。

 そのままこちらには振り返らず、背中越しに答えた。


「私の一存じゃ、推薦してあげる事はできないかな。マリーちゃんごめんね。シフィーとしっかり話し合って────」


「わかりました」


 母さんの言葉を遮り、マリエスは落ち着いた声色でそう言うと、いきなり駆け出した。


 唐突な事で、僕は引き止める事はできなかった。


「母さん!どうして!?」


「ごめんね。ロウちゃん」


 母さんも消沈気味だけど、マリエスを放って置くことはできない。

 僕はマリエスを追って、家を飛び出した。


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