木剣_2

 状況はよく飲み込めていない。

 だが、日々の鍛練のおかげか、咄嗟に木剣を銀の獣の一撃に合わせる事に成功した。


「えいっ!」


 しかし──────バキッ!!

無情にも乾いた音が静かな森に響き渡る。


 木剣は簡単にへし折られ、銀の獣の一撃が僕を襲う。


「くっ!」


 木剣が緩衝材になってくれたおかげで紙一重で一撃を躱し、なんとかやり過ごす事が出来た。

 でも、着ていたシャツはかすっただけで切り裂かれ肌が露出するほどの威力……。


 こちらの様子を見て、銀の獣は二撃目を放つまいと右腕を振り上げ___________僕は精一杯の力を振り絞って右にダイブ!


 二撃目は空を切り、目標を失った銀の獣はバランスを崩して倒れ込んだ。


 チャンスだ!僕はもがく銀の獣を尻目に走り出した。

 来た道を戻る!


 急いで戻る!マリエスがこの林に向かっているはずだから、入り口付近まで行けば過保護なシフィエスもいるはずだ。


 微かな希望にすがり、僕は走った────!


「ガアアアアア!!!!」


 背後から銀の獣の雄叫びが響いてきた。

 その雄叫びは大気を揺らし、空気を揺らし、肌を通じて僕の動きを鈍らせる。



「あ!」


 思うように足が上がらず、木の根に足を取られ胸から地面にダイブ────


 地面に叩きつけられると同時に、胸に強い痛みを覚える。


「っ────」


 痛みの原因。胸元に手をやると、手には赤い液体がこびりついた

 完璧に躱していたつもりだったのに……

 かすっただけでこの威力かと畏怖を覚えるも、今はこんな所でグダグダしている暇はない。


 すぐに立ち上がろうとするも、痛みを認識した途端に足がすくんで動けなくなってしまった。


 背後からは、ドタドタと重い重い足音が近づいてきている。すぐそこに銀の獣が迫っていた。


 僕は……俺は……また死ぬのか?


 胸の鼓動が早くなっていた。今ここに居るのがだったならば、既に気を失ってしまいそうなほどの心拍数。

 前世で経験した、あの事故の日と同じくらいの拍動。


 俺は……俺は……僕は……まだ、死にたくない!


 今この状況からどうすれば助かる?

 俺の記憶を無理矢理に引っ張り出すように、脳をフル回転させる。


 あの獣は、ニホンで暮らした記憶と照らし合わせるのならば熊に似ている。

 前世の俺は熊と対峙したことはないが、熊に襲われてなお、助かった人の記事を読んだ事があった。


『熊が襲いかかって来たが、鼻先を殴ってやったら怯んで逃げていった』


 この対処法は、熊相手であっても確実ではない。

 逆上させてしまうだけの可能性もある。


 しかも、銀の獣は熊に似てはいるけど、熊なんかよりデカイ。まして、熊と同じく鼻が弱点なんて、そんな都合の良い偶然があるのだろうか……?


 それでも僕は、すがるしかなかった。

 生きる為に……!


 やるしかない。

 チャンスは一度。銀の獣が追い付いてきた所、木の陰から飛び出して、折れてしまった木剣の柄の部分で一撃をくれてやる!


 繰り返し繰り返し反復してきた素振りだ。確実に鼻先に当ててやる自信はある。


 ちょっとづつ、少しづつ、銀の獣の気配が迫ってくる。

 きっと、やつは鼻も良いのだろう。

 僕の匂いを追って、確実にこちらに近づいている。


 折れた木剣を握る手に力が入る。


 ドタッドタッドタッドタッ────!


 来た!


 木の幹から飛び出そうとした。

 ────飛び出そうとした寸前。目の前の大木の幹が弾け飛んだ。


 僕の体をすっぽりと隠せるほど巨大な幹が、銀の獣の一撃を受けて簡単に吹き飛んだのだ。


 先ほどのギャップの木が倒れていたのは、こいつのせいだったのか、と認識するのと同時に銀の獣と目が合った。


 足が震えた。ガタガタと肩が揺れ奥歯もカチカチと音を鳴らす。


「くっ!」


 けれどこれは、恐怖を感じている訳ではない。武者震いだ!

 僕は、覚悟を決めて木剣を銀の獣の鼻先目掛け、振り下ろした!


 が……ダメだ……届かない……


 もう一撃放つ猶予は、与えてはくれないだろう。


「とどけっ!!!」


 少しでも届かせようと、軌道を修正しようと試みてもあと30センチは届かない。


 ここまでか……




「ガキ!伏せろ!」


 その声に従った訳ではない。木剣を空振りした勢いで、僕は地面に倒れ込んだ。


 その直後、強い光を放つが頭上を掠めて飛んでいった。

 その光は銀の獣の右目に突き刺さる。さすがの銀の獣もたまらず雄叫びをあげた。


「グオオォオォオオ!!」


 戦意を喪失したのか銀の獣は林の奥深く、ギャップの方向に走り去って行った。



「ガキ。てめえも魔法師の端くれなんだろ。しっかりしろ」


 その言葉を最後に、僕の記憶はそこでプツリと途切れた。

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