第24話 姉妹喧嘩

 俺と千陽は、駅前のカフェにて、向かい側に腕を組みながら座る悠姫ちゃんに睨みつけられていた。


「それで、どうして二人は尾行なんてしてたんですか?」

「えっと……それはその……」


 俺が言葉に詰まっていると、千陽が顔を上げて悠姫ちゃんに向かって声を上げる。


「単刀直入に言うわ。悠姫、今からでもいいからその人と会うのをやめなさい」

「お、おい……」


 尾行の件を謝るどころか、開き直って自身の願望を口にする千陽。

 それに対して、悠姫ちゃんは盛大なため息を吐く。


「今さらドタキャンとか、出来るわけないじゃない。それこそ、向こうの信頼を失いかけないでしょ」

「別にネット同士の関係でしょ? 信頼もくそもないじゃない」

「……お姉ちゃん、それ、本気で言ってる?」


 千陽の発言を聞いて、あからさまに悠姫ちゃんの声音が厳しいものに変わった。

 それほど、悠姫ちゃんは今回のオフ会を楽しみにしていたということ。

 さらには、ネットで出会ったその人のことを、信頼しているということがひしひしと伝わってきた。


「信頼関係っていうのは、徐々に培っていくものでしょ」

「お姉ちゃんだって、ラ○ンとかイン○タのDMで友達とやり取りするでしょ? それと同じこと。それに、会った場所がネットとリアルって違いだけで、信頼関係が生まれないとでも思ってるの?」

「だって、たとえリアルの友人だって、人には言えないような秘密を隠しているわけで……」

「なら一緒でしょ? たとえリアルだろうがネットだろうが、秘密を隠してるのは同じで、大なり小なりあるだけ。何も変わりないじゃない」

「でも……私は……悠姫の為を思って」

「私の為? 冗談言わないで。私は少なくとも、会って話をしたいと思ってる。それを阻もうとしてるのはお姉ちゃんの方でしょ?」

「それは……そうだけど! 悠姫に何かあったら私はもう家族に顔向けできなくなるの! お母さんからも悠姫のことを任されてる。それこそ、家族の信頼を失うことになる」

「……それって結局、お姉ちゃんが自分の立場を守るために保身に走ってるだけじゃん」

「なっ……」


 動揺する千陽をよそに、悠姫ちゃんはさらに言葉をまくしたてる。


「両親の監視下から解き放たれて、自由なお姉ちゃんには分からないよね。特定のコミュニティ以外の関りを制限される生活がどれだけ辛いものか。価値観の合わない人の話を聞いて、毎日ご機嫌取りをしなきゃならない大変さを」


 何も言い返せなくなってしまった千陽は、俯いて歯噛みしてしまう。

 恐らく、高校までは同じ境遇にいたと聞いている。

 だからこそ、悠姫ちゃんに少なからず同情してしまった面があったのだろう。


「悠姫ちゃん。ちょっと落ち着いて……」


 頭に血が上っている悠姫ちゃんを宥めるようにして、俺が声を掛けると、悠姫ちゃんは椅子を引いて立ち上がった。


「ごめんなさい元気さん。姉妹の見苦しい所を見せてしまって」

「いや、それはいいんだけど……」


 俺は隣で俯いている千陽を見つめると、黙り込んだまま、膝元に置いた手をぎゅっと握り締めている。


「それじゃ、私はもう行くけど、いいよね?」

「……分かった。悠姫の好きにしなさい」


 振り絞るようにして、千陽はそう答えた。


「ん、じゃあそうさせてもらう」


 そうして、悠姫ちゃんがお店の外へと出ていこうとした時だった。


「あっ……」


 不意に、悠姫ちゃんがはっと声を上げて立ち止まる。

 見れば、有名人を目撃したかのような、とろんとした目をしていた。

 俺が悠姫ちゃんの視線の先へ顔を向けると、そこに立っていたのは……。


「なっ……おまっ……元気!?」

「なっ……れ、怜人!?」


 なんとそこに現れたのは、友人である怜人だった。

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