第4話 経験のない男

 千陽からのまさかのカミングアウトがあってから、俺はソワソワとしたまま引っ越しの荷物の荷解きを済ませた。

 今は、千陽が夕食を作ってくれている間に、新しい家での初風呂に浸かっているところ。

 湯船につかりながら、先程の千陽の言動を思い返していた。


 にこにことした嬉しそうな笑顔。

 とろんと甘えるような瞳。

 艶やかで艶かしい唇。

 はきはきはとした元気な声。


 その全てが新鮮で、今まで俺が知っている千陽とはまるで別人のように見えてしまった。


「にしても、あんな千陽、初めて見たな……」


 これまで、俺たちはプラトニックな関係を築いてきたこともあり、てっきり俺は、そういう行為自体を千陽が避けているのだとばかり思っていた。


 しかし実際は、周りに気を使ったりしていて、機会を失っていただけの様子。


「やっぱり、同棲してみないと分からないことって、あるもんなんだな」


 そんなことを思いつつ、俺は湯船の水面でブクブクと泡を作る。


「ってか待てよ……」


 とそこで、俺はとんでもないことに気が付いてしまう。

 今日から千陽と一つ屋根の下で二人きり。

 つまり、邪魔者は誰もいないわけで・・・・・・。


【もし私にシて欲しいことがあったら、何でも言ってね! もちろん、そういう意味でね】


 そして、千陽が言い放った意味深な発言。

 全てを総合した上で出る答えは……。


「もしかして、千陽にあんなことやこんなことをやりたい放題ってこと!?」


 それに気づいた瞬間、俺の脳内で妄想ワールドが開眼する。


 ~~~~~~


 薄暗い寝室で、ベッドに押し倒して両手を塞ぎ、服を肌けさせ、無防備な姿で潤んだ瞳をこちらへ向けてくる千陽。

 そして、千陽は涙目ながらも、頬を染めて恥じらいながら言うのだ。


「元気……シよ」


 と。


 ~~~~~~


「くぅぅぅぅぅーーー!!!」


 妄想が捗り、俺は思わず風呂場で叫んでしまう。

 俺だって、彼女がいる身として、そういう行為をしたくなかった訳じゃない。

 むしろ、ずっと出来ずにモヤモヤしていた部分もある。


「これは、いてもたってもいられないぜ! 早速、千陽に今日の夜シていいか、頼み込んでみよう!」


 そう意気込んで、風呂から出ようとしたところで、ふと俺は冷静に思い至る。


「ちょっと待てよ。こういう時、どうやって誘えばいいんだ?」


 ストレートに言うのはなんか違う気がするし、下手に下心丸出しで誘ったら、千陽にドン引きさせるかもしれない。

 だからといって、何もアクションを起こさなければ、逆に俺の方がそういう行為自体に興味が無いと思われかねないし……。

 鶴橋元気25歳、この男、彼女がいるにも関わらず、女性との経験は……なんとゼロ!

 つまり、チェリ(童貞)なのである。


「どうすれば……どうすればいいんだぁぁぁぁ!!!!」


 俺は思わず頭を抱えて風呂場に膝をついてしまう。


 世間のカップルって、こういう時どうやって誘ってるの?

 デートのプランに入れ込んでおく?


 いや、それじゃあ家ですぐには出来ないし……。

 ってか、家でヤる場合はどうするんだ⁉

 お酒の力を借りる?

 それも何か違う気がする。


 こういうのは、お互い意識し合った状態で雰囲気を作っていくものだろうし……。


「わっかんねぇ! どうすればいいんだ俺ぇぇぇぇー!!!」


 結局、今日の夜襲った方がいいのかどうか、最適解を導き出すことが出来ず、俺は風呂を出る羽目になってしまった。


 果たして千陽を、襲うことになろうのだろうか?

 その未来は、神のみぞ知る。

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