作戦会議

 放課後。

 今朝の宣言通り、マミはあたしの部屋にやってきていた。


 組み立て式のテーブルを挟んで、あたしとマミは向かい合っている。


「で、どうやってヒロトくんをどう略奪するかだけど──」

「待って。本気で略奪するの?」


 当人以上に気合の入っているマミ。


 あたしは及び腰になりながら、認識の確認を行う。


「ったり前じゃん。このまま、ヒロトくんにカノジョできて終わりでいいの?」

「よく、ないけど。で、でもさ、あたしの出る幕はもうないっていうか……」

「明日香らしくない。もっとワガママで身勝手で自分さえよければ良いのが明日香でしょ?」

「ちょっ、そこまでじゃないから!」


 あたしに対する認識が酷すぎる……。


 でも、自信を持って否定できないのも事実だった。うぅ。あたしって、イヤな女すぎる。


「てか、こーみえてあーしは結構ムカついてるし」

「何にムカついてるの?」

「ヒロトくんに」

「え、な、なんで?」


 マミがヒロトに対して苛立つのはお門違いな気がするけど……。


 そもそも、ヒロトとマミって、なんとも言えない微妙な関係だし。


「明日香と別れて簡単にカノジョ作ってるとこだよ。明日香は告られても断ってるのにさ」

「それは、違うって。別れてるんだし、ヒロトを咎める権利ないよ」


 確かに、ヒロトと別れてからあたしは何度か告白を受けた。


 あたしはその告白すべてを断っている。

 でも、ヒロトとの事があったからじゃない。


 彼らと付き合うことを少し想像しただけで無理だったからだ。


 あたしが心を許しているのはヒロトだけ。それ以外の男子には、興味ない。


 根本的に、あたしは男が嫌いなんだと思う。


「そう? あーしは、別れて一ヶ月くらいで別の子と付き合うとか、普通にないわーって感じ」

「でも、そこら辺の基準は個人差あるし……」

「だとしても! てか、ヒロトくんって明日香に未練たらたらでしょ、どーみてもさ。復縁の流れ絶対出来てたって!」

「……ヒロトは、あたしに未練なんかないよ。あたしが復縁を仄めかしても、受け入れてくれなかったもん」

「意地になってるか、誰かに変なこと吹き込まれたんだって。あーしの勘がそう言ってる!」

「勘って……」

「あっ、侮ってるでしょ? あーしの勘ってマジ当たるかんね」


 マミは自信満々に言ってのける。


 確かに、あたしと別れて以降、ヒロトの行動に一貫性がなかった。


 彼は一度決めたことには真っ直ぐな性格をしてる。


 でも、あたしを拒絶したり、かと思えば、お見舞いにきてくれたり、やっている事が滅茶苦茶だった。


 ヒロト、らしくない。


 あたしと別れてヒロトの精神面が不安定になってた、とか? 

 それで、他人の言葉に心を動かされやすくなっていたとすれば、彼の行動に一貫性がないことにも納得がいく。


 それにヒロトは、度々、「分からない」って言葉を使ってた気がする。


 気持ちが迷子になって、答えが欲しくて、もしそれを示してくれる人がいたらその人に従いたくなるかも。


 ──なんて、考えすぎね。


「そもそも、ヒロトくんって明日香を好きになるような変人じゃん?」

「言い方に悪意しか感じないんだけど」

「いや、明日香の内面知ってたら、普通敬遠するって」

「うっ、たしかに」


 否定したいけど、素直に認めてしまう。


 あたしに告白してくる男子は、ほぼ100%に近い確率で、初対面かほとんど話したことない人だった。


 あたしの内面を知っていれば、付き合いたいとは思わないはず。


 なのに、ヒロトはあたしのことを十二分に知った上で、告白してきた。


 ヒロトはどうかしてると思う。


「その変人くんが、今度は佐倉さんみたいなTHE可愛い女の子と付き合うとか、マジ納得いかないし。誰かにカノジョ作れとか指図されたとかじゃないと、あーし的に辻褄が合わない。てか、どう考えてもヒロトくんの好みじゃないでしょ、佐倉さんは」

「そ、それは分かんないじゃん。佐倉さんみたいな、見た目も中身も可愛い子が好きなのかも……。てか、普通の感性してたら、絶対、佐倉さんと付き合うでしょっ」

「ヒロトくんは絶対普通の感性してないでしょ」

「いや、そこまで断言しなくても良くない?」


 元カレを普通じゃないと言われるのは中々複雑なんだけど。

 なんだか元カノのあたしまで普通じゃないと言われているみたい。


 マミは鼻息を荒くしながら、両手をテーブルにつくと前のめりになって。




「最終判断は明日香に任せるけどさ、あーしはやっぱり、明日香とヒロトくんは──」


「──なんの話してるの?」




 突然、部屋の扉が開く。それと同時に聞き馴染みのある声が降ってきた。


 顔を上げると、そこに居たのはお姉ちゃん。


「ちょ、急に入らないでよ! お姉ちゃん!」

「あ、ごめんごめん。盛り上がってたから気になっちゃって」


 お姉ちゃんは困ったように笑みをこぼすと、両手を合わせる。


「あ、知奈美さん! 良いところに! 今、ヒロトくんを略奪しようって話をしてて」


 マミはパッと笑みを咲かせると、お姉ちゃんに現状を簡素に説明する。


「略奪……。えっと、明日香、まだヒロくんに未練たらたらなの?」

「……っ。べ、べつに。略奪に関しては、マミが勝手に言ってるだけ」


 お姉ちゃんに問い詰められて、あたしはそっぽを向いた。


「そっか。マミちゃん、あんまり外野がとやかく言うの良くないと思う。わたしも、明日香とヒロくんが別れちゃって悲しいけど、無理矢理、復縁させようみたいなのは反対だな。略奪なんてもっての外。当人同士の問題なんだし、そっとしておこ?」


 お姉ちゃんは落ち着いた声色で、語りかけるようにマミを諭す。


「でも、今のヒロトくんっておかしくないですか? 無理矢理、明日香から気持ちを遠ざけようとしてるように見えるって言うか」

「そうかな。わたしは、明日香と別れたことで吹っ切れたように見えるけど」

「意見が合わないですね」

「だね。というか、マミちゃんってヒロくんのことよく見てるだね。あんまり接点持ってるイメージなかったけど」

「明日香が暇さえあれば、ヒロトくんの話をしてくるので。それに、ウチの教室にも結構な頻度で来てましたし」

「にゃるほど。まぁヒロくんは新しい恋愛に進んだんだから、邪魔するのって良くないと思うな」

「……でも、それじゃ明日香が──」


 そこまで言いかけて、口を噤む。


 マミは、あたしのことを想ってくれている。だから、あたしの気持ちを最優先で、今回の件を考えてくれているみたい。


 あたしが元気ないのはヒロトと別れたから。

 だから、ヒロトとまたくっつけて、元気出して欲しいって事なんだろう。


 お姉ちゃんは、歯痒い表情をするマミを一瞥すると、今度はあたしに視線を向けてきた。


「というか、この際だから聞いちゃうけど、いまだに未練が残ってるくらいヒロくんのこと好きなら、どうして『別れるから』なんて脅しを使ったの? 本当に別れることになるって思わなかった? わたし、明日香はそんなに頭の悪い子じゃないって思うんだけど」


 ど直球の質問。


 オブラートなんかない。真っ直ぐストレート。


 それだけに、あたしの心臓はピクリと跳ね、瞳に動揺が走る。


 そうして思い出していた。


 あたしが初めて、彼に『別れる』ことを脅しに使った日のことを。

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