男のツンデレは需要がない

 翌日になった。

 昨日、妹から明日香と友達になるようお願いをされた。


 別れた相手と友達になる。

 なんともシビアな要求だ。いくら妹からのお願いとはいえ、今回ばかりは叶えられそうにない。


 とはいえ、少し冷たく当たり過ぎている節はある。


 次に明日香が顔を見せてきたときは、ちょっと対応を変えてみるか。


「…………」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、

 朝の休み時間、昼休み、放課後になっても明日香は顔を見せなかった。


 昨日はなんだかんだ顔を合わせていたのにな……。

 今日に限っては一度も明日香を視界に収めていない。


「(……別に、いいことじゃないか。明日香が俺に執着するのを辞めたわけだ。俺の言葉が明日香に通じたのだろう。わざわざ新しいカノジョを作るまでもなかった。願ったり叶ったりな展開だ)」


 なのに、どうしてだろう。

 謎の焦燥感が俺を襲ってきていた。


「よっ、ヒロト」

「……高瀬」


 教室の掃除を終えて昇降口に着くと、悪友たる高瀬が壁に体重を預けていた。


 わざわざ待っていてくれたようだ。


「一緒に帰ろ」

「ああ、うん」


 軽薄な表情の高瀬。

 俺が生返事をすると、高瀬は白い歯を覗かせた。


「よかったじゃん、ヒロト」

「よかった? なにが?」

「今日、明日香ちゃん一回もヒロトの前に顔出してこなかったからさ。すげぇヒロトに未練たらたらなんだと思ってたけど、意外とすぐ割り切れたんだね」

「……そう、みたいだな」


 明るい口ぶりの高瀬とは対照的に、俺の声からは覇気が消えていた。


 上履きからスニーカーに履き替え、昇降口を後にする。高瀬はチラリと俺を視界に収めると。


「……寂しい?」

「は? そ、そんなわけない。馬鹿なこと言うなよ」

「そう? ならいいけど」

「…………」


 俺は下唇を強めに噛む。


 なに、強がってるんだろうな、俺は。


 もう自分で自分が意味わからないんだ。


 昨日は、明日香が俺に接触を図ってくることを疎ましいと感じていた。

 別れたのだから、その自覚を持ってほしいと思っていた。


 でも、こうして一日通して明日香と顔を合わせず、声も聞かないと、不思議な虚無感が襲ってきた。ホント、訳わかんな……。


「四組の子から聞いたんだけどさ、明日香ちゃん、今日、風邪で学校休んでんだって」

「そう、なのか」


 知らなかった。

 もっとも、彼氏でない俺が明日香の体調を知る由もないけど。


「お見舞いに行ってあげたら? 彼氏じゃないとお見舞いに行っちゃダメなルールとかないしさ」

「……い、行かないよ。元カレがお見舞いに行くとか一番意味わかんないだろ」


 俺はプイッとそっぽを向くと、吐き捨てるように言う。


 高瀬は呆れたように吐息をこぼすと。


「そうかな。俺なんか、元カノが風邪引いたら、速攻でお見舞いに行くけどね」

「それはお前が特殊なだけだっての」

「ま、それもそーか。てか、デートの約束あるんだった。わり、先いくな」

「え、ああ、おう」


 高瀬はスマホに一度視線を落とすと、足早に正門を抜けていった。


 俺はパタリとその場で足を止め、雲で太陽が隠れた空を見上げる。


「お見舞いなんて行くわけない……」



 ★



 お見舞いなんて行くわけない……。


 つい数十分前にそう宣言したはずなのに、俺は明日香の家の前にいた。


 といってもあれだ。家の方向が同じなのだ。

 我が家を目指していれば、自然と明日香の家の前には通ることになる。


 たまたまスポドリとゼリーとスイーツとアイスが食べたい気分だったからコンビニで買い込んだが。


 もちろん、他意はない。


「……って、ツンデレかよ俺」


 我ながらひねくれた思考回路をしている。男のツンデレなんてこの世で一番需要がないのにな。


 はぁ、馬鹿らし……。やっぱり帰ろう。


「あら、ヒロトくん?」

「……ど、どうも」


 お見舞いは諦めて帰ろうとしたときだった。


 見た目は二十代後半くらいの大人の女性と目が合った。

 明日香とよく似ているが、雰囲気はまるで違う。おっとりとした優しい口調をしている。


 わざわざ説明しなくても良いと思うが、この人は明日香のお母さんだ。


「もしかして明日香のお見舞いに来てくれたの?」

「あ、いや、そんなつもりは!」

「嬉しいわ。明日香も喜ぶと思う!」

「え、えっと、だからお見舞いに来たわけじゃなくて」

「ほら入って入って。遠慮しなくて良いんだから」

「ちょっ、ひ、引っ張らないでください」


 明日香のお母さんに連れられて、半ば強引に家の中に連れていかれる俺。


 完全に自業自得だけれど、俺、元カノのお見舞いに行くことになりそうだ。


 どう、しよう。

 心の準備できてないって……!


────────────────────


明日は、12時過ぎと20時過ぎに更新予定です。

お時間ありましたら、読みにきてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る