やり直すなんてあり得ない

「結構、こじれてるみたいだな」

「こじれてるって、なにが?」


 昼休みを迎えた。

 学食にて、俺は悪友の高瀬と昼食を取っている最中。


 高瀬は今日の日替わりメニューである唐揚げを頬張りながら、呆れ気味に告げてきた。


「ヒロトと明日香ちゃんのこと。明日香ちゃん、ヒロトにすごい未練たらたらみたいだから。ほら今だって」


 高瀬は右斜めに視線を向ける。


 彼の視線誘導に従って振り返ると、そこには明日香がいた。

 彼女は、俺と目が合うなりビクッと肩を跳ねて、慌ただしくうどんを啜り始める。


「ただの偶然だろ。学食はみんなのスペースだし」

「ま、そういうことにしてもいーけどさ」


 高瀬はやれやれと言わんばかりの息をこぼす。


「なにか言いたげだな……」

「まーね。こっちは中学の頃から知ってるんだし。……それにほら、学生カップルで二年以上続くのって結構すごいしさ。俺的には、このまま結婚までいくのかなとか思ってたわけよ。だから突然の破局に、本人以上にガッカリしてたりな」


 中学二年の夏から付き合い始めて、現在高校一年の秋。


 あまり意識していなかったが二年以上付き合っていたことになる。


 学生カップルの平均交際期間は知らないが。


「二年くらい、別に普通じゃないか?」

「ぜーんぜん。俺なんか半年もったら奇跡だっつの」

「それは高瀬が浮気するからでしょ……」

「それもあるけど。まぁ、ヒロトと明日香ちゃんは割と珍しい方ってことよ。だから、個人的には結構、思い入れあんだよね」

「思い入れ、ね」

「うん。てか、ヒロトもヒロトで未練あったりしないの? 明日香ちゃんにさ」

「あるわけない。俺から振ってんだし」


 俺はテーブルの上に置かれた天丼に視線を落とすと、イカ天を口の中に放り込む。


「ふーん。……そっか」


 高瀬は物寂しそうに呟く。


 未練はない。あるわけがない。あるなら別れを切り出していない。


「じゃ、どうするの? 明日香ちゃん」

「どうするって?」

「だって明日香ちゃんはヒロトに未練たらたらなわけじゃん。さすがに何か対策はするべきじゃない?」

「……そう、言われてもな」


 高瀬の言い分はもっともだ。

 この現状をそのまま放置するのは好ましくない。


 だが、アフターフォローなんて当事者である俺が行うのもおかしな話……。


 俺が頭を悩ませていると、高瀬がポツリと切り出した。


「多分だけど、明日香ちゃんはヒロトなら何でも許してくれるって思ってるんだ。だから、なんだかんだで復縁できると思い込んでる」

「それはあるかも……」

「だろ? だから現実教えてあげるのが手っ取り早いと思う」

「いや、現実は教えてるつもりなんだけど……」

「言葉だけじゃ足りないんだよ」

「……じゃあどうすりゃ」


 身体に教え込む、とでも言いたいのだろうか。


 高瀬は微かに口角を上げると。



「簡単な話。ヒロトが新しいカノジョ作ればいいんだよ」



 ★



 新しいカノジョ、か。


 高瀬の言い分は一理ある。

 というか、この現状を打破する最適解だろう。


 俺にカノジョができれば、復縁の可能性は完全に閉ざされるわけだ。

 そうなれば、明日香は折り合いをつけるしかなくなる。


 しかし、生憎と俺は次の恋愛に進む精神状態ではない。どうしたものか。


「ひ、ヒロト……」


 放課後を迎え、下駄箱にて靴を履き替えている時だった。


 掃除当番だったこともあり、昇降口はすっかり人気がなくなっている。


 まばらに点在する人影の中から、俺を呼ぶ声がした。


 顔を上げなくても誰なのかわかる。


 胡乱な眼差しを向けると、明日香は下唇をそっと噛んだ。


「……捨て、ないでよ、ヒロト。あ、あたし以外にカノジョ作ったりしないよね?」


 蚊の鳴くようなか細い声が、俺の耳を掠める。


「なにいきなり。意味わかんないんだけど」

「あたし、ヒロトがいないとヤだよ」


 明日香は俺の腕を力強く握りしめてくる。

 今にもこぼれ落ちそうなくらい涙を蓄えて、訴えかけてきた。


 昼休みの高瀬との会話を盗み聞きしてたのか? 盗み聞きできる位置にはいなかったと思うが。


「触らないで」

「……っ」


 俺は明日香の手を振り払う。


 正門を目指して歩を進めようとすると、明日香は半歩後ろを追いかけてきた。


「あ、あのね……あたし、反省……してる。も、もう『別れる』なんて脅し使ったりしない……」

「…………」

「ようやく気づいたの。自分がどれだけひどいことしてたかって!」

「…………」

「もう、ヒロトに酷いことしないから。だ、だからね、あたしとやり直──」

「やり直すなんて無理。別れたんだよ俺たち」

「……あ、あたしはヒロトじゃないと無理、だよ」


 涙で潤んだ瞳を、ジッと俺に向けてくる。

 俺はパタリと足を止めると、明日香に向き直った。


 そうして一呼吸置いてから、喉の奥から搾り出すように。


「別れる、別れる、別れる、別れるって……何回も言われてきた側の気持ちにもなってくれないかな。俺は、明日香との関係を大切に思ってた。ずっと、大事にしていたかった。していきたかったよ!」


 珍しく語気を強める俺。


 明日香は目を見開くと、意味もなく両手を擦り合わせる。


「でもさ、些細なことで『別れる』って脅されてるとさ、だんだん、分かんなくなってくるんだ。俺は明日香のことが好きでも、明日香は俺のこと好きじゃないんじゃないかって。……俺はただ都合のいい存在として扱われてるだけなんじゃないかって。でも、俺はこの関係を大事にしたいから俺なりに頑張ってたつもりだよ。ただ、この前でそれももう限界だった」


 そして改めて振り返ってみると、俺は明日香のことが『好き』なのか分からなくなっていた。


 だから、別れるに至ったのだ。


「……っ。ご、ごめん、なさい」

「謝っても無駄だよ」

「あ、あたし、そ、そんなにヒロトのこと追い詰めてたなんて知らなくて……」

「泣かれても困る」


 明日香はボロボロと、とめどなく涙を零していく。


 付き合っていた頃なら、ハンカチの一つでも渡して背中をさすってあげていただろう。


 だが今は違う。


 ここで下手に優しく接するのは逆効果だ。


 俺は踵を返すと、帰路へと就くのだった。

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