聖女の導く奇跡の先で

夏伐

第1話 悪役令嬢メリーナ

 数人いる皇子たちを押しのけて第四皇子ライアンが皇太子となれたのは、ひとえに宰相を父に持つ公爵令嬢メリーナを婚約者にできたからだ。

 だからこの婚約は決して破棄されることはない、そう思っていた。


 そんなメリーナの誤算は二度、連続して起きた。


 ライアンが別の少女を皇太子妃として連れてきた事。今まで奇跡など起きず、ただの儀礼と化していた儀式に神が降臨した事だ。


 ただでさえ儀式用の純白のドレスを着た少女が二人いる異例の事態。神官はどよめいたが神への儀式をやめるわけにはいかない。


 本来あり得ぬ二人の花嫁――しかし皇子と仲良く並んでいるのは、聖女と呼ばれる少女だった。メリーナではない。


「魔力を持たないメリーナには側妃として、シェイラを補佐してもらおうと思っている」


「そんな……」


「そもそも、魔力を持っていないと知っていればお前とは婚約などしていなかった」


 言い訳のように、今回の事態をメリーナに納得させようとするライアンにメリーナは言葉を失った。

 会話はとても小さく行われ、周囲の貴族たちにも神官にも聞こえていないだろう。


 それは、メリーナにとって最大のコンプレックスであり弱点だった。


 今日の儀式は直前に神託が下っていた。神が見ているのに人間の都合で儀式をやめることなど出来ない。彼らを怒らせれば気まぐれに天災を起こすだろう。


 儀式の場には様々な水晶が並べられている。どれも映像を記録できるほどに高性能な魔道具だ。


≪できるだけ多くの記憶水晶がほしい≫


 ただそれだけが儀式の数日前に皇国の神官すべてに夢で伝えられた。何を思ってのことかは分からないが、今日この日は、神に仕えるものにとっても国に仕えるものにとても重要な日になってしまったのだ。


 今日は、神前で『国に尽力し民のための政治をする』ことを誓う。この国では月神ユグオンを主神と定めている。


 元々彼らは巫女や神官であった――人間だったものたちだ。神に気に入られた人間が、神が死ぬ時にその力全てを継承する。

 今の神は代変わりしたばかりで、とても若い。だが、元は90才になるまで神に仕えた神官だった。


 神になると性格が変わり、代替わりが起きた年はいつも飢饉や洪水に見舞われていた。だが今のユグオンは、そんな事は起こさなかった。


 ただひたすら静かに見守る。代わりに大きな奇跡も与えない。


 そのはずだった。だが祭壇の供物は消え去り、用意された記録水晶は光をまとい浮かび上がっている。奇跡が起きたのだ。神を模した巨大なステンドグラスからは人の形をした光の塊が出現した。


 本来、次代の神候補に選ばれる巫女や神官がいないのに神が直接降臨することはありえない。

 この場に神の寵愛を受けた人間は一人としていなかった。


「これは……まさか、聖女さまを祝福しておられるのか……!?」


 神官の言葉に驚くメリーナに、聖女――シェイラは微笑んだ。まるでこうなることが分かっていたように。


 ――ああ、彼女のように笑えたら……こうなる前に殿下とお話することくらいできたかしら。


 愛想笑いすらできないメリーナの事を、民たちには『心を失くしたお姫さま』だとして嘲笑の類にすらなっていた。彼らは面白おかしく劇になった貴族社会のゴシップを真実だと笑っている。


 皇太子が決まったのは、メリーナとライアンがともに18才になった時。


 幼い頃からの厳しい教育と、一挙手一投足に政治が絡み、虫や動物が好きだったメリーナはふさぎ込みいつしか笑顔を忘れてしまった。

 そんな彼女を心配していたライアンだったが、いつしかその心配も苛立ちに変わってしまったようだ。


 今回の奇跡はシェイラのために……。全て悟り、うつむいたメリーナの前に手が差し出される。


「お嬢さま、どうか一緒に遊びにでも行きませんか?」


 見知った声にその手を見ると、光り輝く神ユグオンが目の前に立っていた。シェイラは茫然とこちらを見ている。


「ありえない……ありえないありえないありえない!!!!!」


 シェイラが引きつった笑みでメリーナとユグオンを見ていた。


「メリーナ! あなたがフラグを折ったのね! 悪役令嬢のくせに」


 意味の分からない事を吐くシェイラの言葉をユグオンを鼻で笑った。シェイラは理解できないかのようにその場に倒れ込んだ。


「ヒロインが聖女として認められる重要なフラグだったのに……」


「フラグってのはこういう≪イベント≫のことだよね」


 宙に浮いていた記憶水晶に、映像が映し出された。民が、貴族たちが見守る中、映し出された映像の中には様々な男性と恋に落ちるシェイラの姿があった。


 その中で、メリーナはシェイラをいじめぬく悪女として幾度も恋の邪魔をしていた。それは貴族社会のマナーに関する忠告であったり、命を狙ったものだったり多岐に渡る。


「私、こんなことしておりません……」


 やはりユグオンはメリーナを排除するために現れたのか。そう思っていると、くすり、と笑う声が聞こえた。


「そうだね、本当はこうだった」

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