第25話 光神刀(※主人公、一人称)

 夜の世界を溶かした様な闇。そんな感覚を思わせる処刑場は、僕が考えていた以上に悍ましかった。先程まであったお寺の応接間が消えて、代わりに不気味な墓場が現われている。墓場の中には人魂ひとだまらしき物が見えて、人魂の近くには幽霊が、幽霊の近くには妖怪(或いは、魑魅魍魎ちみもうりょう)、妖怪の近くには変な生き物達が蠢いていた。


 彼等は僕の存在に気付いているのか、暫くは僕の様子をじっと窺っていたが、ある一体が僕の方に歩き出すと、それ以外の個体も続いて、此方の方にゆっくりと歩き出した。「ウウウッ、アアアア!」

 

 文字通りの呻き声、「此の世の者」とは思えない声。それが一体、また一体と、僕の方にじりじりと近付いて行く。それまで傍観を決め込んでいた子供の霊達も、その頭らしき者が「行くぞ」と促した事で、僕の前からフラフラと歩き出した。


 彼等は、僕の所に迫った。僕の所に迫って、その身体に襲い掛かった。幽霊特有の力を活かして、生者の僕に攻撃を仕掛けたのである。彼等は不気味な空気の渦巻く中、不気味な表情で僕の身体に攻め掛かった。


 だが、それを受ける訳には行かない。彼等がどんなに恐ろしかろうと、それに「うわっ!」と驚いて、今の場所から逃げ出す訳には行かなかった。僕は先頭の一体に掌を向けて、その身体に纏っている邪気を祓おうとした。だが、「あれ?」

 

 おかしい。いつもの方法で邪気を祓ったが、それが直ぐに蘇る。試しにもう一度祓っても、その邪気がまた蘇ってしまった。僕は「それ」に驚いて、亡者の前から思わず退いた。そうしなければ、亡者の腕に捕まってしまうからである。僕は悪霊達の前から何とか離れて、自分なりに先程の理由を考え始めた。「彼等は、多分」

 

 普通の幽霊ではない。普通の霊なら「それ」を受けた瞬間、生前の理性(つまりは、本来の理性)を取り戻す筈だ。僕が亡霊の怨念を祓った時点で、その理性が戻る筈である。が、「それ」が起こらないのを考えると……やはり普通ではない。普通の浄霊(または除霊)が通じない、特殊な霊達なのだ。特殊な霊達が相手なら、普通の手は使えない。「そう成ると」

 

 あの手を使うしかない、か。悪霊を祓うのではなく、滅ぼす為の手。自分の霊力で作った、神聖なる武器。それを振り回して、此の悪霊達を滅ぼすしかなかった。僕は自分の右手に霊気を溜めて、それをの形に変え始めた。「此奴は、どんな悪霊でも斬られる。僕と話す気のない悪霊も、そうする意思すらない怨霊も。此の光神刀こうじんとうを使えば、一刀両断に出来るんだ」


  そう話せば、周りの悪霊達も怯む。そう考えた僕だったが、その考えはやや甘かったらしい。刀身の輝きに「オ、オオオ」と怯んでいたものの、刀の力自体には怯えていなかった様で、僕が彼等の方に刃を向けても尚、それに怯える所か、反対に「ウ、アアアアッ」と叫び出してしまった。


 僕は、その光景に肩を落とした。肩を落とした上に「くっ!」と困った。僕は悪霊達の動きを窺いながらも、相手が自分の方に攻めて来た時は遣り返し、反対に此方から仕掛けた時は「ハァアアア!」と叫んで、悪霊の攻撃を必死に防ぎ始めた。「このっ!」


 しつこい。一体、一体の力は決して強くはないが、それが幾度も攻めて来たら流石に疲れる。敵の身体に剣を振り下ろす度、相手の攻撃を弾き飛ばす度、小さな疲れがゆっくりと溜まって行った。僕は後ろの敵を薙ぎ払って、目の前の幽霊達から逃げた。「参ったな」


 此ではいつか、倒れてしまう。今は何とか戦えても、いつかは意識を失ってしまう。此処で意識を失えば、その生還も絶望的だ。訳も分からない空間に捕らわれたまま、その命をすっかり奪われてしまう。


 (落ち着いて考えれば)どうにか出来るかも知れないが、それも不明確な事だったし、「此ならきっと、上手く行く」と言う確証すらも得られない、つまりは不安な事だらけだった。建物(らしき物)の裏にこうして隠れたのも、「此の事態から何とか逃げよう」とする只の時間稼ぎに過ぎない。だから、本当に困ってしまった。「どうしよう?」


 このまま抵抗を続けるか? それとも、問題の根幹に挑むか? 「此の場所から抜け出す」と言う根幹に……いや、そもそも果たして抜け出せるのだろうか? 此の空間に僕を飛ばしたであろう人物、あの僧侶達は何処にも見られなかったし。建物の裏から周りを見渡して見ても、視界の中に入るのは怪しげな空間、習字の墨汁を伸ばした様な空間だけで、それ以外の景色は何も見られなかった。


 景色の向こう側には、何かの建物らしき物は見られるけれど。それも「建物」と思えるだけで、実際の所は何も分からない。本当は只の……いや、物体でも構わない。アレが此処から抜け出す鍵に成るかも知れないなら、それに賭けて見るしかなかった。

 

 僕は今の場所から動いて、例の物体に向かった。物体の前には、何も置かれていなかった。そこから周りの様子を見渡しても、視界の中に入って来るのは不気味な闇だけ。「闇」の姿を模した、暗闇の世界だけだった。


 僕は「それ」に生唾を飲んだが、「それに怯えてはいられない」と思い直して、物体の前にまた向き直った。物体の前にはやはり、何も置かれていない。その周りをまた調べて見ても、この物体に関わりそうな情報は何も見付からなかった。

 

 僕は、その事実に頭を抱えた。それに加えて、溜め息もついた。僕は「自分が此の場所に閉じ込められた事」は勿論、「敵の罠に嵌まってしまった事実」にも思わず苛立ってしまった。「くそぉ!」

 

 こんな事に成るなんて。自分は……くっ、駄目だ。こんな事で落ち込んでいる場合ではない。あんな連中にやられた程度で、こんなにガッカリする事は。僕は僕の、僕自身の精神を信じれば良いのだ。それを信じてさえいれば、此の暗闇にも光を灯せる。明かりのない世界に光を点せる。僕がそう、信じる限り。此処から抜け出すのも決して、不可能ではない筈だ。「うん!」

 

 僕は自分自身に気合いを入れて、脱出の手掛かりを探そうとしたが……。それを見ていた(思われる)相手の方もやはり、黙っている訳ではない。僕がそう言う風に思うなら、相手もまた「それ」を阻もうとする。相手は暗闇の死角を生かして、僕の周りを(いつの間にか)取り囲んでいた。「ニガスモノカ」

 

 そう呟く彼等の声は、恐ろしく不気味だった。彼等はフラつく足取りに鋭い眼差しで、僕の前にじりじりと歩き出した。が、それに黙っている僕ではない。彼等がその気なら、僕も「それ」に抗うだけだ。最後の瞬間まで、此の戦いに戦うだけである。悪霊達は「ニヤッ」と笑って、僕の身体に次々と襲い掛かった。


 僕も、それを迎え撃った。相手が僕の身体に腕を振り下ろせば、僕もその攻撃を防ぐ。また違う相手が僕の右から襲って来れば、その両腕を素早く斬り落とす。それを何回も繰り返して、彼等の攻撃を何とか凌ぐ。彼等は僕が防戦一方なのを喜んでいるのか、楽しそうな顔で僕の背中を、嬉しそうな顔で僕の腕を、面白そうな顔で僕の足に斬り掛かった。「キャハハハハ! シネ」

 

 僕は、その声に朦朧とした。声の響きは勿論、彼等から受けた傷も痛い。正直、それに叫ぶのを必死に耐えていたからである。背中の痛みに耐えながら振り回した剣も、相手の頬を掠めただけで、その身体自体を傷付ける事は出来なかった。


 僕はほぼやけくそな状態で、攻撃武器の光神刀を振り続けた。だが、それにも限界はある。最初はどうにか耐えられていた攻撃にも、やがて耐えられなくなる。僕は自分の腹に受けた攻撃が原因で、その場に思わず倒れてしまった。

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