【完結】婚約破棄?お断りです。ならばあなたを家ごと買います。

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」2巻発売

前編 婚約破棄なんて絶対いや!

「――と、いうわけで、君との婚約も破棄になってしまうんだって」


 長い栗色のまつげが、私の目の前で悲しげに伏せられた。


 いつもなら私をまっすぐ見つめてくれる大きな瞳も下を向いていて、こぼれそうな涙が光って見える。

 四歳年下のかわいい婚約者を見下ろし、私は彼の両手を自分のそれで包み込んだ。


「ねえリオン、そんな顔しないで」


 雲を形にしたようなふわふわの巻毛が今日も可愛らしい。

 天使みたいにきれいな顔立ちの、まだ少年の域を出ない男の子が泣きそうな顔をしていたら、私も悲しくなる。


 リオンはうつむいたまま、子供らしいやわらかい手をぎゅうと握った。


 私の家を訪れたリオンは、リオンの家――ルオッシュ子爵家は膨らんだ借金を返せなくなり、貴族の地位を商人に売ることにしたのだと説明してくれた。

 リオンたちは住み慣れた屋敷も出ていかなくてはならないのだと。


 この国には少数だけれど貴族の地位を買い求める商人はいる。私のお祖父様もそうだった。

 貴族の家に養子として入ってその家を継げば、生まれが平民だろうと貴族になれる。


 裏で莫大なお金が動いていようが、養子縁組で親子の年齢が逆転していようが、書類不備さえなければ通用するのがこの国だ。


「でも僕が子どもじゃなかったら、何かできたかもしれないのに」

「年齢ばかりは仕方ないわよ」


 リオンはまだ十四歳。

 この国では十八歳を成人としていて、家の業務に携われるのは十六歳からと定められている。


 金で貴族の地位を買ったうちのトルテ子爵家みたいに「知ったこっちゃない、お国にバレなきゃいい」と、もっと幼い頃から実地で経験を積ませる家もあるけれど。


 ルオッシュ子爵家は由緒正しきお貴族様だから、古くからの決まりごとには厳格だ。

 子どものうちは、教育は受けても実務には携われない。


 自分の家の家計が火の車だと知っていたリオンが、立て直しのアイデアをたくさん練っていたことは知っている。手紙にいつも書いてくれていたから。


 でもリオンがそれを実行に移せる年齢に達するまで、家がもたなかった。


 借金が利息がふくらみ続けた結果、リオンのご両親は貴族の地位も家財も全て商人に売るしかなくなったらしい。


「大丈夫よ、リオン。私も婚約破棄なんて嫌。私がどうにかするわ」

「でも、君のお父上には援助を断られたって聞いたよ」

「そうね。お父様の判断は〝投資しても利益は見込めない〟だったけれど、私は違うと思ってるの」


 リオンが自力で家を建て直していくのを隣で支えたいなんて甘い夢を抱いていたけれど、彼を失うくらいならそんな夢は忘れよう。


 いざという時のために、私だって時間をかけて備えてきたんだ。

 私はリオンにウインクして、彼の手を力強く握った。


「私が個人的に、あなたを家ごと買うわ」




   ◇




「お父様!」


 書斎の戸を勢いよく開けると、奥のデスクに座っていたお父様が顔を上げた。


「どうした、ルル。リオンを助けてほしいと泣きつきに来たか?」


 凛々しい顔の口元だけに笑みを広げて、お父様が鼻を鳴らす。

 お父様の挑戦的な視線をまっすぐ受け止めて、私は胸を張った。


「まさか。独り立ちすることにしたから、挨拶をしに来たの」

「ルオッシュ子爵家の土地はやせている。投資して改良したところで大した農業収益は見込めんぞ」

「知ってるわ」

「ではどうする」


 私は腕を組んでお父様を見据え、口元を釣り上げた。


「商売敵になるかもしれないんだもの、お父様といえど手の内を明かす気はないわ。でも、リオンが練ってくれていた立て直しのアイデアには使えそうなものがいくつかあるから、それを改良して実行していくつもり。私が経営している服飾店と菓子店の本店もあっちに移すわ」

「そうか」


 お父様は椅子の背もたれに深く沈み、長い息を吐き出す。

 とたんに目元がふっとゆるんで、費用対効果に厳しい敏腕商人の顔から、娘に甘い父親の表情に変わった。


「お前が自分で稼いだ金だ。好きにしなさい。そう言うと思って速度の出る馬車を表に準備させたから使うといい。荷物もあとから送らせよう。……たまには実家に顔を出してくれよ」

「さすがお父様、ありがとうございます。お世話になりました。では、ごきげんよう」


 スカートを両手でつまんで淑女の礼をとり、書斎を退室する。

 貴族の令嬢として廊下は走らないことにしているけれど、そのぶん早足になった。


 急がなくっちゃ。

 リオンのお父様が商人との契約書にサインする前に、私がルオッシュ家を買うんだから。



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