第32話 看病 


「特別に外出許可が出たのじゃ。ダンジョンの入り口で待っとるから遊びに行かんか?」

「すみません。実は僕、風邪を引いてしまって」

「風邪じゃと?」

「はい。次回で埋め合わせします」


「おぬし、確か両親がいないと言っていたな? ということは一人なのじゃろう?」

「はい。でも、なんとかしますよ」

「いいや。看病してやるのじゃ」


「そんな……悪いですよ。看病なんて」

「好きな男の看病も出来ん方が辛いのじゃ」

「雪芽さん……」

 弱っている僕の身体にその言葉は優しく染み渡っていく。


「そういうことでおぬしは大人しく寝て待ってるのじゃ」

 と雪芽さんが言って通話が終了した。



 三十分後。


「雪芽さん……」

「無理するでない」

 立とうとする僕を雪芽さんは制する。

「これ。ぽかり? とかいう飲み物らしい。風邪にはこれが効くという。後、粥を作ってやる。待っとれ」

 雪芽さんは僕にポカリを手渡しした後、台所の方へと向かっていった。


 雪芽さんは慣れた手つきでお粥を作っていき、僕の傍へと駆け寄る。

「ほれ」

 雪芽さんはお粥をスプーンですくって僕に食べさせてくれる。


「はい」

 子供みたいだと思いながらも口に入れる。

 雪芽さんの作ったお粥は卵と豆腐のお粥だ。喉越しが良く、味付けも身体に優しい。


「ありがとうございます。雪芽さん」

「おぬしは結構な頻度でピンチになっとるのう。最初に会った時も死にかけていたし……」

「雪芽さんには助けられてばかりですね」

「それは違うぞ、孝雄。わしもおぬしに助けられておるぞ」

 と雪芽さんは言う。

 どういうことだろう。


「おぬしは自覚しておらんようじゃが、わしが外に出れてることは奇跡に近い。わしらだけじゃ決して成し遂げられんかったじゃろう」

「頑張った甲斐があります」

「それにおぬしは会って間もないわしのために裏切り者になるのを覚悟して、わしらの味方になってくれた。あれは凄く嬉しかったぞ」

 雪芽さんは柔和な笑みを浮かべながら僕の方を見る。


「雪芽さんに恩を返したかったってだけです。大したことなんてしていません」

「わしらは救われたぞ。初めて話した人間がお前で良かったと思うよ。孝雄」

「僕も初めて話した相手が雪芽さんで良かったと思います」

「無駄な話をしてしまったな。おぬしはゆっくり眠るといいのじゃ」

「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」

「うむ」

 雪芽さんは僕の手を握った。

 僕はその柔らかさと少しの暖かさに安堵を覚えて、眠った。








 僕は目を覚ました。

「あれ? 雪芽さんは?」

 僕はあの手の感触がないことに気付き、辺りを見回した。

 まさか僕が寝ている最中に誰かがここを襲撃しに来たのか。

 だとしたら雪芽さんは攫われた?


 少しの気だるさをこらえて立ち上がる。

「孝雄。なにをしようとしてるの?」

「知里? なんで僕の家に?」

「雪芽さんに看病をするように頼まれた。支部長の特別措置でも、夕方までが限界だった」

「それでか……」


「ごめんなさい孝雄。私が変なことを言わなければこんなことにはならなかった」

「いや、知里。君は悪くないよ」

 と言う僕の言葉に対して知里は何も言い返してこなかった。


「熱を測る。脇に入れて」

 と知里は指示を出す。

 僕はその指示に従う。

 数秒後。 

 体温計のアラートが鳴る。


「36.5度。平熱か」

「流石孝雄。着実に人間離れしてきてる」

「その誉め言葉は嬉しくないな」

「強いのはいいこと。弱いことなんかより」

「そうだね。僕もそれには同意だよ」

 強ければいじめられることなんてなかっただろう。

「弱くなければ君とも、雪芽さんとも出会うことができなかった。だから僕は弱いということを否定できない」

 嘘ではない。



「それはとても素敵な考え方。だけど私はそれを受け入れることはできない」

「確か、知里の仲間は……」

「モンスターの素材は大体のものが役立たずだけど、特別製のモンスターの核だけは別格」

「あのコンパクトに入れれば固有オリジナルスキルをゲットできるからだね」

「そう。私はイレギュラー調査官になる前、市の上級冒険者パーティに入れてもらっていた。私以外、皆固有オリジナルスキル持ち。その中には勿論、美也さんもいた」


「知里も固有オリジナルスキルをゲットするために戦ったってことだね」

「当然何も持っていない私は足手まといだった。しかも今回は相手が悪かった。雷霆のケラスは強い上に狡猾だった。能力の使い方がとても上手い。私達が連携しても、ケラスを倒すことは中々難しかった。皆疲れてしまい、全滅の危機なんて数えきれない程だった。それでもなんとか戦っていた。けど……突然その均衡が崩れた。ケラスの攻撃が当たり、パーティリーダーの龍宮寺綾と、副リーダーで弟の亮が重傷だった。私達は絶望したけど、ここで負けたら意味がないと思い死ぬ気で戦った」


「それで勝ったんだ。なら、二人はギリギリ生きてるってこと?」

「半分正解で半分間違ってる。リーダーの綾は戦闘終了直後に死亡。亮は雷に打たれて全身ボロボロ。生きているのが奇跡なくらい。でも、冒険者としては死んだ。日常生活に支障が出る程に後遺症が残ってる。それ以来、彼には会えていない」


「だから知里はモンスターを憎むようになっていたんだね」

「そう。でも私は迷ってる。モンスターには良い奴もいるってのが分かった。ポチがそう。野獣になった孝雄から私を守ろうとしてくれたから」


「あの時のことはごめん。悪かったよ」

「だから私は迷ってる。このまま孝雄達と一緒にモンスター相手に交渉すべきかを」

 知里は迷っているようだ。本当なら、君の意志を尊重すると言う事が正しい対応かもしれないけど。


「知里。僕個人の意見だけど、僕には君にこの交渉を続けて欲しいと思う」

 知里は当然そう言われるだろうという風な顔で、僕の言葉に頷く。

「分かってる。孝雄には迷惑をかけない」


「そうじゃない。未来に歩みだすためだ」

「未来に歩みだすため?」

「そうだ。知里も僕もモンスターの一側面しか見ることが出来ていない。これから交渉を続けて行けば色々なモンスターを見、色々な側面を見ることができる。それで僕達の考え方は成長していく。そうすれば決断出来る。決断することが出来れば、龍宮寺君のお見舞いに行くことも出来るよ」


「ごめん。愚痴みたくなっちゃって……」

「頑張ろう。知里」

「うん」

 僕達はモンスターとの交渉を前に、より一致団結した。





 



 お礼・お願い


 第一章読破ありがとうございます。

 カオスな外交もどきコメディーが好き!

 雪芽さんいいな!

 他のヒロインもいいな!

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