第23話 人間側の譲歩
美也さんは僕を殴って満足したようで、ダンジョンコアを破壊する部隊を引き上げ、更に支部長は元のポストに収まった。
僕と知里が怪我したことを除けば概ね元通りだ。
「あのさ、知里。あの人を満足させてやればよかったならさ、もうちょっとやりようがあったような気がするよね」
「私達だけ完全に殴られ損」
「というか、なんか、目に隈が出来て凄いね」
「ジャッジの夜泣きが凄すぎてまともに寝られない」
「看護師さん達は?」
「完全に見限ってた」
「そっ、その……本当にお疲れ様」
「うん。しばらく休む。孝雄は後何日くらいかかるの?」
「僕は後二日くらいで出るよ」
「二日?」
知里はありえない答えを聞いたような答えをしていた。
「確か診断された時は全治三か月くらいだったはず。どういうこと?」
「多分だけど、僕の中にある力が原因なんじゃないかなって思う」
「あの鎧の奴?」
うんと僕は頷く。
「あれって結局なんなの?」
「分からない。強いて言うなら僕は人間じゃないのかもね」
「中二病?」
「自分で言っててもそう思ったよ……」
僕と知里が話をしている途中、電話が鳴る。
「出てもいい?」
「孝雄。私以外に電話する人なんているの?」
「雪芽さんとかと電話が出来るようになったんだ。ダンジョンでも携帯が通じるようにって支部長が」
「なっ! 淫乱雪女なんかと話したら駄目」
「大事なことなんだから仕方ないだろう?」
「そういうなら私もダンジョンに行く。歩くことくらいできるから」
「いやいや。落ち着いて。ただ、電話するだけだから」
「駄目」
知里は僕から携帯を取り上げて、電話を切った。
けど、電話は鳴り続ける。
しかし知里は電話を切る。
そんなことを何回も繰り返していると看護師さんから大目玉を食らってしまった。
「とりあえず出させて」
僕は知里から強引に電話を取り上げた。
「あっ、もしもし。孝雄です。雪芽さん。どうしました?」
「おお、孝雄や。何回も電話してるのになんで出てくれんのじゃ? 故障したかと不安になってしまったのじゃ」
「ははは……すみません。それで用件はなんですか?」
「支部長があの後話を持ち帰ったのじゃが、講和条約を結ぶのに条件があると言っていてな。話し合いをしたいということらしいのじゃ」
「話し合いってのはいつからやるんですか?」
「もう病院に着いた。今から病室に向かうのじゃ
「えっ? 雪芽さん達、外に出てるんですか?
でも、モンスターはダンジョンから出ていけないはずでは?」
「支部長と、あのピンク髪のサディストが同行すれば大丈夫という話じゃ」
「ハウスの子達は?」
「それは沙羅に任せておる。な~に、心配することはない。わしだって交渉事の一つや二つ仕切れるのじゃ」
「そっ、そうなんですか……」
正直言って不安だ。
しかし僕の病室に来るということなら、それまで待つことにしよう。
数分後。
「おお~、孝雄。久しぶりなのじゃ」
雪芽さんが病室に入って来るやいなや抱き着いてくる。
「ちょっ、雪芽さん。これから話し合いするんですよ。今日はしゃきっとしなきゃ」
「するする。少しくらいええじゃないか~」
雪芽さんは僕の胸に頭を預ける。
「仲が良いのはいいことですね」
「発情してるだけじゃないですか~。まぁ、気持ちは分からなくもないけど……」
「さて。雪芽さんは冴内君に甘えているままでいいので、話を始めましょうか」
「はい」
「本題から言いましょう。現状では講和条約を結ぶことは難しい」
「そんな。なんでですか?」
なんとなく予想は付いていたとはいえ、理由が知りたい。
「話は単純で、中層のモンスターとも講和条約を結んできて欲しいということです。浅層はモンスター自体の脅威が低い上に資源も乏しいからです」
「じゃあ中層のモンスターと講和条約を結んでいけばギルド側も認めるということですね」
「はい。もし、冴内君が中層のモンスター達と講和条約を結ぶことができ、中層の探索がスムーズになった場合、石ケ谷市の支部長として全面的にあなた達の活動をバックアップしたいと考えています」
と支部長は言う。
「どうですか、雪芽さん」
「そりゃ人間側に随分都合の良い条件のように思うんじゃがのぅ」
「これ以上は難しいでしょう」
「わしらが無理と言ったらどうなる?」
「人間とモンスターが戦争をすることになるでしょう」
「雪芽さん……」
雪芽さんはすぐに答えなかった。
「分かった。交渉自体はしてもよいと思う。だが、そこのサディストに協力を求め
る」
「確かに。中層は今までみたいに行かないからね~。私以外に協力する人はいないってことね~」
雪芽さんは悔しそうに頷く。
「うむ。わしらまで出てきたら武力で支配すると誤解されかねんからのぅ」
「私、あなた達より強いんだけどもねぇ~」
「知名度と言う奴じゃ。わしらはこのダンジョンではそれなりに顔を売っておる」
「いいわよ。協力してあげる」
と美也さんは言う。
その直後、
「でも条件があるの~」
「なんですか……」
「私ね。前嗅いだ時から一目惚れしちゃったの~。だからね、孝雄君に協力してあげるからさ。私とだけ付き合って。それが条件。どう?」
こんな形で女性と付き合いたくない。そもそも僕は……
咄嗟に答えられない。沈黙してしまう。
「孝雄や。わしはモンスターのためにがむしゃらに頑張るおぬしの姿が好きじゃ……どんどん好きになっていくのじゃ。だけど気にせんでおくれ。おぬしはモンスターを助けるために、突き進むのじゃ」
雪芽さんの告白から悲痛な決意が感じ取れた。
僕はそれを無下にするわけにはいかなかった。
「わっ、分かりました。美也さん、よろしくお願いします」
「孝雄。こんな脅しみたいな方法で付き合う必要はない」
話を立ち聞きしていた知里が病室に入ってきた。
「知里ちゃん。私とやり合おうってわけ?」
「そう言っている」
「ふ~ん。偽彼氏なのになんでそんなに頑張れるの?」
美也に言われた知里はドキッとした顔でこちらを見る。
「私の勘、意外と当たるのよね」
「本当は付き合ってないってのは分かってた。分かってるからこそ、孝雄には本当に好きな人と付き合って欲しい。私もあなたも孝雄と付き合うべきじゃない」
「邪魔するって言うなら分かってる?」
美也さんは知里を挑発する。
その直後。美也さんは拳を喉元まで突きつけていた。
「このままやればあんたは大けがする。それでもいいの?」
「そんな脅しには屈しない」
「そう」
美也さんは躊躇うことなく、アッパーを繰り出した。
食らった知里は一撃で昏倒してしまうのだった。
「あんたも……文句があるなら掛かってきてもいいのよ」
美也さんは雪芽さんに睨みをきかせてくる。
「そっ、その強さならあっ、安心して孝雄を任せられる……孝雄をくれぐれも頼む」
「そう。賢い判断ね」
「久国さん。同じ冒険者になんて乱暴を働くんだ」
「支部長。あなたの首は誰のおかげで繋がっているか、考えた方がいい」
と美也さんに言われると、支部長は引き下がった。
「じゃあ、孝雄君。二人で中層に行こうね」
「はっ、はい……よろしくお願いします」
美也さんと支部長は病室を出て行った。
悲しむ雪芽さんを見て、なにか声を掛けなければと思ったけど、
「必ず……必ず成功させます」
としか言えなかった。
僕は傷ついた彼女と向き合うことが出来なかったのだ。
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