第17話 宣戦布告


 目が覚めた後、最悪な事態に陥っていた。

 知里がゴブリン側に宣戦布告してしまうのだった。

 僕はそれに抗議しようと考えたが、気絶している間に交渉が終了していた。

 

 急いでハウスに戻り、沙羅さんに事の顛末を報告した。

「坊や。報告はもっと早くして欲しかったよ」

「すみません。知里がそんなことすると思っていなくて……」


「まぁまぁ……なってしまったものは仕方ないのじゃ」

 雪芽さんは怒っている沙羅さんを宥めてくれる。

「しかし随分好戦的じゃねぇの。くりくりちゃんは。私がいっちょ揉んでやりますか」


 ジャッジがヴェノムスパーダを伴って出てくる。

「ジャッジ。僕はなるべく平和に解決したいと思ってるよ」

「でもくりくりちゃんは宣戦布告しちまった。やるしかないんじゃねぇの?」


「それはそうかもしれないけど……」

「仮に戦うとしても派手にやり合わない方がいい。人間側が最近私達の動きを怪しんでいたからな」

「知里とジャッジが引き返してきた時点で怪しみますよね。地区のナンバーワンとナンバーツーが攻略できてないですから」


「魔英傑はいなかったって報告しているらしい。それに人間側としてもダンジョンの入行料やら、免許やらの税収を止めるわけにはいかないからな」

「けどそれが一般の冒険者にバレるようになってきたら緊急性の高いイレギュラーとなってダンジョンが閉じられてしまう」


「そういうことだ」

「それなら沙羅さんが出て、知里と一騎打ちして倒してしまえば」

「そう事が上手く行くと思うかい? 坊やの言っている通り私達が出れば簡単に倒せるだろうさ。けど最短で決着を付けたとしても私達の存在に感づく輩は一定数いるだろうね」


「もし沙羅さんが戦ったら別のイレギュラーが生まれてしまうっていうことですか?」

「ああ。そういう観点で言えば雪芽があんたを助けたことも大分リスクが高いことだったってことになるね」


「それは……」

「沙羅。済んだことじゃぞ。それは」

「それと。あんたが知里に使った力。あれは使わない方がいい。私の見立てだと、この浅層ではイレギュラーなレベルだからね」


「僕も力任せにやるつもりはありません」

「頼むよ。あんたが知里を宥めることに全てがかかってるからね」

「分かりました」

 ここで知里をなんとかしなきゃ詰んじゃう。


「ジャッジ。今回はあんたも坊やについてやりな。一般冒険者のあんたならうろついていても誤魔化しが効くだろうしね」

「なんで私がモンスターのお前に命令されなきゃいけないんだよ」


「ここ閉じられたら食い扶持がなくなるぞ。雪芽ママにも甘えられなくなるぞ。そうじゃなくても私がぶっ殺すぞ」

 沙羅さんは駄々をこねるジャッジに脅しをかけて言う事を聞かせた。


「分かったよ。やればいいんだろ。やれば」

「孝雄の手伝いをするエリは良い子なのじゃ。落ち着いたらお菓子を食べさせてあげるから頑張って来るのじゃ。孝雄も怪我のないようにな」

「はい」

 僕はジャッジと共に、ゴブリン陣営に戻っていったのだった。


「孝雄様。大変なことになりました。宣戦布告を仕掛けてきた後、コボルト達が攻撃を仕掛けてきました」

「もう?」

 僕はコボルトと、知里の仕掛ける速さに驚いていた。

 あの後、すぐに出撃できるように態勢を整えたという訳か。


「コボルト達が軍隊をねぇ。まぁ、瞬殺でゲームセットだろうが……面倒な注文だな。冴内さんよぉ」

「そうだよ。もう一回言っておくけどコボルト達はぶっ殺しちゃ駄目だからね」

「ええ~」

「駄々言うなら沙羅さんに言いつけるからね」

「分かったよ。真面目にやればいいんだろ。やれば」

 とジャッジに沙羅さんの名前をちらつかせると露骨に落ち込んでいた。


 ラティナがこちらのことをちらちらと見ている。下らない話をするなということだろうか。

「ごめんラティナ。すぐに行くよ」

「孝雄様。このお方は?」

「ああ。この人は僕と同じお三方から派遣された人間の冒険者だよ」

「ということは孝雄様とお付き合いされているわけではないのですね?」


「あはは。そうだよ。そんなわけないよ」

「なんか、孝雄様の周りには女の子が多いですね」

「確かにそうかもね。あはは……」

「孝雄様は早々にパートナーを決めた方がいいかと思います」

 なんか、ラティナの視線が険しい。


「そっ、そんなことより……今、ゴブリンとコボルトはどこで戦ってるの?」

「あっ、逸らした。逸らしましたね」

 ラティナからかかるプレッシャーが更に強くなったのを感じたが、無視した。


「では孝雄様。すぐにご案内いたします」

 ラティナはそんな僕の態度に腹を立てていたようだった。

「その、ラティナ。僕、なにか悪いことした?」


「いえ、いいんです。孝雄様にフィアンセがいないということが分かっただけでも十分な収穫ですから」

「そっ、そう?」

  人間の文化に興味を持っているのは分かるが、僕に付き合っている人がいるかどうかはその興味の対象になるのだろうか?

 頭の中に疑問符が湧いたが、追及している余裕はない。


 ラティナに案内された僕達は、ゴブリンとコボルトが争っている最前線へと向かった。

 ここではゴブリンとコボルトが血みどろの戦いを繰り広げているかと思っていた。

 しかし……実際はそれとは正反対だった。

 お互いに寝そべったり、ダラダラ語り合っていたりしたのだった。


 警戒していた他種族同士がこういう風に警戒を解いている様はどこかシュールだった。

「ラティナ、これは?」

「分かりません」

 僕とラティナが話している時、ガザッグさんがやってくる。


「おお。よくぞ戻ってくださいました、タカオ殿」

「ガザッグさん。これはどういうことですか?」

「実はですな……」

 とガザッグさんが話しているとコボルトのリーダーと思われる壮年コボルトがやってくる。


「お話し中失礼します。私は首長リーダーコボルトのアヴェクと申します」

「どうも。僕はお三方の使者をしています冴内孝雄です」

「おお。なんと紳士的な方だ」

「ええ、僕がですか……」

「ええ。出会い頭に巣を焼き払ったり息子をボコったりするような方とはおおちが……げふんげふん。失礼いたしました」


「その。知里が申し訳ないです」

「その、孝雄様。この話はくれぐれもご内密に」

「もっ、もちろんですよ」

「おお、ありがたい。助かります」

「アヴェク殿。本題に入りましょう」


「そうでしたな。失礼いたしました。実はですな。孝雄殿に頼みたいことがありまして。お一人で女王様の下へ行っていただけないかなと思いまして」

「それが知里の命令なんですね」

「はい。女王様は孝雄殿としたいことがどうしてもあると」

「僕に?」


「終戦させる条件なのだとかなんとか」

「分かりました。成果は保証できませんが話し合いたいと思います」

「巣の者には人間が来ても手出し無用と使いの者を使って伝えてありますのでご安心ください」

「ではみなさん。話し合いをしてきます」


 僕はすごく簡単にゴブリンとコボルトの戦争の最前線を越えることができたのであった。

 そして僕は知里の下へとたどり着いたのだった。

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