第12話 講和に向けて


 ジャッジと紫色の髪と緑色の目をした少女が不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。

「おい、ババア。俺は腹が空いたぞ。ぎゃーぎゃー話してないでおやつでも作ってくれよ」

「坊や。生意気じゃぞ。そんな言い草するなら作ってやらんぞ」


「ちっ。しゃーねぇーな。母ちゃん、おやつ作ってくれよ」

「坊や。待っとれ。今、これから重要な話をするんじゃから」

「そんなことよりおやつの方が重要だろうがっ!」


 女の子は雪芽さんの服の裾を引っ張る。

「我儘言うでない」

 と窘める雪芽さんに対して、女の子が耳元で囁く。


「どうだ?」

「仕方ないのぅ。沙羅や、わしはこの子のおやつを作ってくる。だから先に話をしておいてくれ」


「なんか本当にお母さんみたいになってきたな」

「お前が面倒見てくれてもええんじゃぞ? 歳もそう遠くないしな」

 雪芽さんは沙羅さんを睨みつける。

「いや。そこは雪芽に任せるよ。雪芽は大人の良い女だしな」

 と沙羅さんは適当に褒めて、ご機嫌を取るのであった。


「えー、ママ。行っちゃうの? それなら私も行く」

 ジャッジの方は雪芽さんと離れるのが寂しいようで、引っ付いて歩いている。

「じゃあ。作るのを手伝ってもらおうかの。おぬしが持ってきてくれたものがあれば美味しいものが作れそうじゃからな」


「うん」

 そうして雪芽さんとジャッジの二人は奥の方へと向かっていった。

「おい、子供達。これから俺達は大人の話をする。てめぇらが聞いていても面白いようなものはなにもないからな。奥に引っ込んでな」


「ヴェノムおじおねちゃんは?」

「俺は参加しなきゃいけねぇんだよ。面倒だがな」

 ヴェノムは機嫌悪そうに二人を追い払う。

「分かった。それじゃ雪芽ちゃんの所に行ってる」

 と二人も雪芽さんの方へと向かっていった。


「あの、ヴェノムさんでしたっけ? ヴェノムさんは二人に倒されたんですよね?」

「魔核があれば俺達は生きていける。しかし、こんなちんまい女の姿になるとは思わなかったぜ」

「元の姿はどんなものだったんですか?」

「黒いドラゴンだ。口からは毒を吐き、翼からは強風を巻き起こす。このダンジョン屈指の最強ドラゴンとは俺のことよ」


「あんた。私と雪芽より弱いくせに調子に乗るな」

「そりゃ年の功って奴だろ。俺にはまだ伸びしろがある。若作りババアには負けねぇよ」

「あん? 調子に乗ってるとぶっ殺すぞ。この雑魚がっ!」

 ヴェノムの言葉に腹を立てた沙羅さんは彼もとい彼女を一喝した。


「わっ、悪かったよ。あんたが凄むと本気で怖いんだ。勘弁してくれ」

「立場が分かったなら二度と調子に乗るなよ」

「で、姿が変わった理由って……」


「あのコンパクトだろうな」

「知里も使ってたよね。コンパクト。あれってなんなの?」

「あれはモンスターの魔核を収納し、自身の固有オリジナルスキルに変換する装置。ヴェノムの姿が変わった理由は、コンパクトに流れているジャッジの魔力が干渉したから」


「そう。魔力は精神エネルギー。つまり俺はあいつの精神状態にダイレクトに影響されたってわけだな」

「ジャッジが幼児退行していたから、ヴェノムも女の子の姿になったってこと?」

「それで困ったことが起きちまったのさ」


 と沙羅さんが言う。

「困ったこと?」

「端的に言うとダンジョンで屈指の実力者が全員集まってきたからこの層のモンスター達がピりついてるのさ」

「だからモンスターの活動が活発化していたってことですか?」


「そうだ」

「この間のゴブリンの大量発生からそんなに時期が経っていない。魔英傑が三体集まったからっていう話とは違う気がするんだけど」

 と知里が問う。


「人間界でのイレギュラーの意味は分からないけど、この間のことは実は大したことじゃない」

「あんなに大量のゴブリンが発生したのに?」

 知里は沙羅さんの言葉に疑問を呈する。


「単純だよ。事件発生地点はゴブリンのテリトリーの近く。そこに人間、しかも同種族を沢山殺してきてるやつが出てきたら総出で追い出そうとするだろう?」

「ギルドの認定ミス……」

 知里の答えに対して、沙羅は頷く。


「だけど今回は違う。ダンジョンで恐れられる私達が集まってしまった」

「沙羅さん達に警戒しているからってことですよね? でも、沙羅さん達がなにもしなければ大丈夫なんじゃないんですか?」


「いや。私の見立てじゃもっと悪化する。下手すりゃこの浅層の生態系が大きく変わる可能性もあると思ってる」

 と沙羅さんは言う。


「つまりだ。コボルトとゴブリンが戦争をおっぱじめる可能性があるってことよ。どちらかの種が淘汰される。これはダンジョンのイレギュラーだ」

 と言って彼女は話を終わらせる。


「それなら反対にゴブリンとコボルトが団結して戦争を仕掛けるっていう動きの方が現実的なんじゃないんですか?」


「質の次元が違う。俺達に戦争を仕掛けるなんて舐めた真似、浅層の奴にできるわけがねぇ」

「ああ。そこは安心してもいい。ヴェノムの言う通り、私達はこの階層のモンスター全てを全滅させることができるくらいの力は持ってる」


 平気で言ってるけど、それって相当の力だよな。


「ねぇ、孝雄。この人達、普通にやばくない?」


 知里は沙羅さんの発言にドン引きしている様子だ。

「それならお互いに戦力を温存しておきたいと考えませんか?」


「あくまで可能性の話さ。色々考えられるけど、私達はゴブリン種、もしくはコボルト種が絶滅してしまうことを防がなければならない」


「平和のためですか?」

「ダンジョンが閉じられる可能性があるからだ」

「ダンジョンを閉じる? どういうことですか?」


「ダンジョンっていうのはダンジョンコアが生み出してるのさ。それがぶっ壊されたらダンジョンはぶっ飛び、ダンジョンの生物である私達も死ぬ」

「まさかコボルトとゴブリンがそのコアを壊す可能性があるって話ですか?」


「いや。ダンジョンのコアを破壊するのは私達人間」

 と知里が言う。

 その発言を肯定するように、沙羅さんも頷く。


「なんで?」

「私達はモンスターが地上に出てくる可能性を危惧している。前回も、魔英傑が浅層にいる可能性があるからという理由だった」


「今は魔英傑は倒されたと報告した。抑えがなくなったから生き残った種が地上から出る可能性があるという風になるってことだね」

「そう」

 知里は頷く。


「そんなのは誰も望まない。ゴブリンとコボルトの主に話をして、講和条約を結びつけるのさ」

「でも。モンスター達にそんな高度なことができるでしょうか? 言葉も使えないんですよ」

「私達とは話せる。けど私達が話に行くと、ビビッて委縮しちまう」


「まさか僕にゴブリン語とコボルト語を勉強しろってことですか?」

「そんな時間はない。そのために彩子に作らせたものがある」

「彩子ちゃんが?」


「ああ。あの子は魔法使った道具の製作が得意でね。この件を聞いて意思疎通ができるアイテムを作ってもらった」

 と言って沙羅さんは自分の胸の谷間から眼鏡のようなものを二つ取り出した。


「これは眼鏡型の翻訳装置さ。装着することによって……原理は分からないけど翻訳してくれるっていう寸法さ」

「原理がわからないって。しかも魔法って大丈夫なんですか?」


「まぁ、彩子いわく人体に害はないって言ってたって大丈夫じゃないか」

「そっ、そうなんですか。それならいいですけど……」

「ということで坊や。これを付けてゴブリンの所へ行って来てくれないか?」

「分かりました。意思疎通ができるなら……」


「な~に。そんなに危険度の高いものじゃないさ。私らの使いって言っておけば乱暴しようなんて考えるはずがないからね」

 それを聞いた僕は胸を撫で下した。


「で、次はコボルト側の方なんだけど。誰か言ってくれる人はいないかな~」

 沙羅さんは知里の方を見た。

「私の方を見られても困る」


 知里はモンスターである沙羅さんの要求なんて呑むはずがなかった。

「彼氏の方はモンスターと人間の共存っていう歴史を変える大偉業をしようっていうのに、彼女のあんたはなにもしないのかい?」

 という沙羅さんの言葉を聞いた瞬間、知里の耳がぴくぴくっと動いた。


「モンスターの命令に従って、協力することなんてできない」

「そうかい。そりゃ残念だ。もし協力してくれたら雪芽に坊やのことを諦めるように説得してやろうかなと思ったのにな~」

「それは本当?」

「ああ。本当だよ。私も雪芽のパートナーにはもっと相応しい人がいるんじゃないかって思ってる口だからね」

 知里の気持ちを理解している様子だ。


「味方ってこと?」

「そう思ってくれてもいいね。けど、それはあんたの態度次第さ」

 沙羅さんは僕の方を見た後、知里の方を見る。


「仕方ない。それなら私はコボルトの方へ行く」

「よしっ。お互いのために頑張ろう」

 と沙羅さんはにっと笑ったのであった。

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