第10話 孝雄の覚悟


「ええと。ひとまず説明を求む」

 沙羅さんは困惑している様子だ。

「姉さん。あっしらはどうすればいいんすか?」


「帰ってくれ。それと巣を燃やして悪かった」

 沙羅さんはゴブリンを帰らせた後、僕達の下へとやってきた。

「ええとですね。なんといえばいいのか」


 僕はどこからどういう風に説明すればいいものか戸惑っていた。

「もういい。で、戦いはどうなったんだい? 私達が勝ったのか? それとも休戦したのか?」

「多分。休戦なんだと、思いますっ。いでっ、いたい! もう引っ張らないで」


 僕が沙羅さんに説明しているのを見ると、二人の僕を引っ張る力は強くなっていく。

「おい、孝雄。今度は沙羅に懸想したか?」


「孝雄。これ以上浮気しないで」

「坊やも二股は程ほどにね。さて、本題に戻ろうか」

 「あの。本題に入る前にこの二人をなんとかしてくれませんか?」


 しかし沙羅さんはなんの話も聞かない。

「ママ……どこ? 私を置いていかないで」

 ジャッジは沙羅さんがやってきたことと、雪芽さんと離れたことで更にストレスをため込んでしまい、幼児後退している。

 誰もこの状態をどうにかしようとは思わないのか。


 




 閑話休題。

 このカオスな状態ではまともに会話できないと思い、僕は雪芽さんと知里の二人を説得した。

 落ち着きを取り戻した雪芽さんは甘えたがりなジャッジを抱っこしながら話を聞いていた。

 その一方で知里は隙があると見たのだろう。僕の腕に抱き着いて来ようとする。

「あんた、いいかげんにしな。そんなことされたらまともに話を進められない」


 沙羅さんは知里を諫める。

 雪芽さんと沙羅さん相手は分が悪いと思ったのか、彼女はすっと引いた。

「よっしゃあ。ジャッジ復活でゲームセットだ。モンスターめ、ヴェノムスパーダの斧でぶっ殺してやる」

「あんっ! 雪芽にちびったガキがしゃしゃるなっ!」


 沙羅さんはジャッジに凄んだ。

 ジャッジは怖いおじさんに怒られた子供のようにビクビク震えて、雪芽さんの下に帰っていった。

「はぁ~。これでようやく本題に移れる。あんた達に聞きたいことがある。ここを生きて出られたら、あんた達はもう一回私達に挑むのかい?」


 沙羅さんの問いを聞いた二人は少し考え込む。

「はっ! 当たり前じゃないか。私はモンスターぶっ殺すためにギルドにいるんだぜ。次はあんたをぶっ殺してゲームセットだ」

「私も孝雄を寝取ろうとする残念淫乱語尾が痛い雪女のことは放っておけない」


「おい。わしのあだ名が酷くなっておらんか?」

「雪芽。安心しな。そこの女と同レベルさ」

「うぎぎぎ。わしは節度を持っておるわ。そこの変態雷娘と一緒にするでない」


 沙羅さんは雪芽さんの反論を無視して、

「私としては魔英傑なんていなかったと言って欲しいんだ。ヴェノムの坊やを倒しただけでも十分な武功を立てたことになるだろう? だからそれで妥協してくれないか?」


 と沙羅さんが二人を説得しようとする。


 ヴェノムというのはおそらく、知里が話していたヴェノムスパーダのことだろう。

「ヴェノムの坊やを倒した? そりゃどういうことじゃ沙羅」

「気配で分かるだろう。そこの赤ちゃん女が持ってるコンパクトの中にヴェノムの核があるって」


「それでか。坊やの気配が近いなと思ってたが、二人で倒していたとはな……」

 雪芽さんは非常に残念がっている様子だ。

「二人共、ヴェノムスパーダと知り合いなんですか?」


「ヴェノムの坊やはのぅ、わしらよりかなり後に生まれた特別製じゃよ。だから育ち切っておらんかったようじゃのぅ。ハウスで世話してやろうと思ったんじゃが、ガン拒否してなぁ。それで下層に籠ったのじゃよ」


「下層。深層ではなく?」

「深層には特別製でも近づかんよ」

「なんでです?」


「深層には闇の住人たちが住んでおる。わしらより遥かに強く、未知の存在じゃな。わしらが浅層にいる理由もそこにある」

 と雪芽さんが言う。


「それなら下層にいればいい。なぜよりにもよって浅層にいる?」

「孝雄は分かるじゃろ」

「あの子達のためですか?」

 と言うと雪芽さんは頷く。


 このダンジョンで最強とされている雪芽さんが浅層にいる謎がようやく解けた。

「内緒話しないで」

「ふひっ。やいとるのかのぅ? 変態雷娘」

「くっ。このっ!」


「それより、深層はどういう感じなの。もっと詳しく教えて」

 知里はここで突っ込んだら自分にもダメージが及ぶと思ったようで、

 逃げるように話題転換した。


「うん? 二人は深層の話に興味があるのか? 怖いもの知らずじゃのぅ。仕方ない。話を聞かせてやろう」

 雪芽さんが話始めようとした時、沙羅さんが遮る。


「待った。話はするが条件を聞き入れて欲しい。それなら教えてやらないこともないが……」

 と沙羅さんが言う。

「へっ。いらねぇよ。知里。デカパイぶっ殺して、ママっ、じゃねぇ。雪女をぶっ殺してゲームセットだ。へへっ」


 ジャッジは調子づこうとするが、雪芽さんに抱きしめられた瞬間に脱力してしまう。

「わりぃ。やっぱやめ。話聞こうぜ」

「このマザコンが。今回のことはそのまま報告するから覚悟しておいて」


 と知里が言うが、ジャッジはうっとりしていて話を聞いていない。

「私一人じゃ勝てない。なら話を聞くのが一番賢い」


「条件も受け入れてくれるか?」

 沙羅さんの言葉に対して首を横に振る。


「その前に孝雄に聞きたいことがある。これからどうするつもり?」

「どうするって?」

「どっちの味方をするのかってこと」

「どっちの味方、なんてないよ。僕達はお互いがお互いに手を取り合って生きていければいいと思ってる」


「モンスターと人間が分かり合えるなんて馬鹿なことはない」

「雪芽さん達と会うまでは同じ考え方だったよ。けど、雪芽さんや沙羅さんと出会って思ったんだ。僕達は分かり合えるかもしれないって」


「孝雄。前も言ったけど、このモンスター達は気まぐれにあなたを殺すことができる。今は偶然生かされてるだけ」

 と知里が言う。


「雪芽さんと沙羅さんは二人を傷つけないで返す方法を探っている。気まぐれで命を弄ぶようなモンスターならそんな手間のかかることはしないはずだ」

 僕は確信を持って、知里に伝える。


 それを聞いた知里は少し考えて、

「あなたは二人の味方をするってこと?」

 と聞いてきた。


「敵と味方っていう区別をなくしたいだけだよ」

「そんなの死んだってできっこない」

「死んでもしたいんだ」

 嘘偽りない本音だ。


「私の仲間は、親友はモンスターに殺された。奴らは弱者の命を弄ぶ。あなたがモンスターの味方をするというのなら、あなたを殺して死ぬ」

 覚悟を決めるしかないか。


「僕を殺せ。だけど魔英傑なんていなかった。いたのはモンスターの味方をした馬鹿な人間だけだったって。そう言ってくれ」

 僕は両腕を広げて、知里の断罪を受け入れる覚悟をした。


「馬鹿。孝雄。無茶をするでない」

 雪芽さんが止めるがそんなことは聞いてられない。

 知里はコンパクトから固有オリジナルスキル雷霆が発動した。


 派手な装飾の三叉槍。

 それを握る彼女の目は悲壮感に溢れていた。

「取り消すなら今の内。私はモンスターの味方には容赦しない!」


「やれよ。けど、約束は守れよ」

 知里は槍を構えて、僕のことを突き刺そうとする。

 しかし……


 知里の槍が僕を貫くことはなかった。

「どうした知里!」

「私には無理……」

「考え直してくれたか?」

 僕は安堵する。


「淫乱残念雪女。まだ、孝雄争奪戦のケリは付いてない。だから、まだ言わない。孝雄の心が私のものになったら必ず殺す!」

 と言って、知里は走り去っていった。


 雪芽さんの胸で温まっていたジャッジは慌てて飛び出して、知里の後を追いかけていった。

「馬鹿者が無茶しおって」

「そうだ坊や。まぁ、丸く収まってよかった」


「どうなることかと思いました」

 僕は安堵して心の底から笑ったのであった。







お礼・お願い


第10話まで読んでいただきありがとうございます。


孝雄が雪娘や雷娘(人間)に翻弄されるのが好き


ドンドンカオスになっていきそうだ。

もっとカオスになれ


と思ってくださいましたら、


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