第8話 魔英傑掃討戦
「その。雪芽さん。沙羅さん。ここは危険です」
「そんなに急いでどうしたんじゃ?」
肩で息している僕を見て、普通じゃないと思った雪芽さんは驚いたような顔をしている。
「その。知里達が雪芽さん達のことを、倒そうとしてて」
「わしらをか? 人数は何人じゃ?」
「すいません。それがわからなくて」
「そこのところも聞き出して欲しかったんだけどな。坊や」
沙羅さんは困った表情で僕のことを見つめる。
「ごめんなさい。沙羅さん」
「沙羅。孝雄をあまり責めるな。彼奴が教えてくれなければ襲撃されるということすら知ることはできなかったんじゃぞ」
「ごめん坊や。あんたが教えてくれなきゃなんにもしようがなかったもんね」
「こっちこそです」
「わしと沙羅と孝雄の三人で撃退せねばならんか。どうしたもんかのぅ」
雪芽さんと沙羅さんは考え込んでいる。
僕も必死に考えるが、これといった妙案が思い付かない。
「ゴブリンの群れを誘導すればいい」
「それなら確かに時間稼ぎくらいはできるかもしれないですけど……」
「なにも対策しないよりましさ」
「わかりました。でも、群れを誘導するにはどうすればいいですか?」
「そのためにはまず浅層のことについて説明しなきゃならないね。浅層に生息するモンスターは大まかに二種類。ゴブリン種とコボルト種だ。ゴブリン種は西側、コボルト種は東側に生息する」
沙羅さんは浅層の地図を見せながら説明してくれる。
この地図はギルドが売っているダンジョン地図より正確性が高い。
これから見てみると、ハウスは西寄りでゴブリンの巣に近いようだ。
「坊やが襲われた場所がここさ」
と言って地図をもう一度指さす。そこはゴブリンの巣とかなり近い所だった。
「このくらいの距離なら誘導するのも現実的、ということですか」
「ああ」
「仮にこの地点に来るとしてどう誘導したらいいでしょう」
「ゴブリンの誘導に関してはなにも考えなくてもいい。それは私がなんとかする。坊やは雪芽と二人で組んで、誘導地点で待機して欲しい」
「他にもなにかできることはないんですか?」
「もちろんある。坊やには誘導が終了するまでの間、同じ人間として足止めしておいてほしい」
「分かりました。なんとか止めて見せます」
「そこまで気を張る必要はない。坊やが失敗したら雪芽が出張って時間を稼ぐさ」
「うむ。わしは大人だから完ぺきなフォローをしてみせるのじゃ」
「わっ、わかりました。もし、僕が失敗した時はフォローよろしくお願いします」
「うむ。任せておくのじゃ」
この後、僕達は前ゴブリンの群れに襲われたポイントにたどり着いた。
前回と同じようにゴブリンの群れがいるかもしれないと思っていた。
しかしなんてことない。僕と雪芽さん以外誰もいなかった。
誰もいないことを確認した後、襲われたポイントを俯瞰できるように高い岩場へとよじ登る。
「知里達、中々来ませんね」
「うむ。もしかしたら作戦がばれたと思って、違う場所から調査を始めているかもしれん」
「そうだとしたら作戦を練り直しですね」
「まぁ。沙羅は頭がよい。だから沙羅を信じるのじゃ」
根拠のない回答に僕は静かにうなずいた。
雪芽さんの根拠のない予想を答え合わせするかのように、ポイントに二つの人影が見えた。
一人は知里だろう。けど、もう一人の子がわからない。
知里より小柄なピンク髪の少女だ。
「おいおい。くりくりちゃん。ここにいるかもしれないって話で来たんだぜ? なのに、人っ子一人いないってどういう話だよ」
「いいえ。きっとくるわ。私が相手側ならここに罠を張るもの」
「理由は?」
「あなたは馬鹿力でモンスターをぶっ殺せばいい。頭よくないんだから」
「頭の悪い私は説明してくれないことに拗ねてボイコットするかもしれないぜ」
「勝手にすればいい。最悪私一人でもなんとかする」
「本当にムカつくな。てめぇ」
「いいから協力して。ここで争っていても敵の思うつぼ」
「へいへい。くりくりちゃんは本当に優等生だな。反吐が出る」
「きちんと仕事しなさい」
「へいへい」
会話を聞き取ることができなかったが、どうやら二人はここで待つことを決めたようだ。
二人で雪芽さんと沙羅さんの二人を相手にするつもりか。
「雪芽さん。様子見しますか? 二人は当分動くつもりはないと思いますけど」
「様子見するのが無難じゃろうな」
と二人で話し合っていた時、一筋の雷が僕達の横を駆ける。
まさか、僕達の気配に気づいた?
「誰? こそこそ隠れていないで出てきて」
僕一人で出て、時間を稼ごう。
「いってきます」
「わしも行った方がいいんじゃないのか?」
「いえ。ここは僕一人でなんとかしてみせます」
「わかったのじゃ。無理だけはするなよ」
「はい」
僕は二人の前に飛び出した。
「孝雄? なんであなたがこんな所に?」
「その。これには理由が……」
「誰だこいつは?」
「ゴブリンイレギュラーの生き残り」
「ふぅ~ん。で、なんでラッキーボーイがこんなところにいるんだよ」
「それをこれから聞く」
知里はもう一人の少女と話した後、僕のことを一瞥する。
「モンスターの味方になったの?」
ここではいって言われたら確実に殺される。
「いや。そういうわけじゃ」
「じゃあ。どういうわけよ。まさかよぉ、振られたからってストーキングしてきたなんてわけねぇよな」
「ジャッジ。馬鹿なこと言わないで」
「ふぅ~ん。じゃあ、くりくりちゃんの言ったように、裏切ったって線が濃厚か。さくっとぶっ殺して事故死で処理しちまおう」
「止めろ。ジャッジ」
知里の発する怒気にジャッジと呼ばれた女の子は一瞬怯む。
「ヒリヒリするね。やるじゃねぇか、栗谷」
二人の間にある雰囲気がピリッとしたものに変わった。
まさか、この二人仲が悪いのか。
「モンスターの味方をしたのでなければなにをしに来たの? 答え次第では殺す」
「ぼっ、僕は……」
僕にはあまりにも重い決断だった。
これで知里を怒らせたら時間が稼げなくなる可能性があるからだ。
「なに? 早く言って」
知里に急かされる。
「そうだ。僕は……知里とやり直したくて追いかけてきた」
「なっ!」
「えっ!」
知里達は僕の発言に本気で驚いているようだった。
「おいおい。本当にストーカーだったのかよ。うける……って、マジか? マジなのか?」
ジャッジと呼ばれている女の子が僕のことを見ながら尋ねてくる。
「うっ、うん。マジ、だよ」
「いやいやいやいや。いくらなんでもうそでしょ。絶対になにか裏があるって。なぁ、くりくりちゃん」
彼女は知里に答えを求める。
「ジャッジ。今、岩陰で既成事実を作ってくるからここら辺を見張ってて欲しい」
「はっ? 既成事実を作るってどういうことだよ?」
「そのままの意味。私達はこれから青〇をする」
「いやいやいやいや。冷静に考えてみろって。こいつ、時間稼ぎのためだって。お前のことなんてなんにも思ってないって」
「嘘なんてついてない」
「そう。なら向こうに行こう」
知里は無理やり僕のことを連れて行こうとする。
「いや。待って。そういうことは雰囲気と場所が」
「結果は同じ。私達は結ばれて、モンスターはいなくなる。ハッピーエンド」
そんなのハッピーエンドじゃない。
「一回落ち着こう」
「孝雄から話を振ってきたのに、それに乗っからないなんておかしい。それともまさか嘘を……」
「ついてないついてない」
「それなら大丈夫」
知里は僕の説得に応じようとしない。
興奮しすぎて自分で自分をコントロールできていないという感じだろう。
僕は知里の力に抗うことができず、岩陰へと連れて来られそうになった。
その時、僕達の前に氷の壁が生成される。
「待て、変態雷娘。孝雄に交尾はまだ早い」
「雪芽さんっ!」
雪芽さんが僕を助けるために高台から飛び降りてきたのだ。
「消し炭にしてやる。のじゃ残念雪女が」
知里は邪魔されたことに腹を立てている様子だった。
「おいおい。私のことも忘れんなよっ!」
これ。時間稼ぎ、ミスったか。
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